子供じゃないけど【3】



「早よどっか行けや!!酒臭いんじゃクサレが!!」


 華は思わず叫んでいた。

 目の前のハルキの顔はヘラヘラしたままだったが、華の怒声が辺りに響き渡った次の瞬間から、その笑顔がどんどん黒ずんでいくように見えた。


「相変わらず生意気やなぁ…華」


 顔は笑っているのにその雰囲気はどす黒い何かを纏っているようだ。ハルキは笑いながらそう言うと、折れるのではないかという勢いで華の腕を強く掴んで引っ張った。


「なっ!?いったっ!!何やねん!離せ!ほんまええ加減にせぇよこの酔っ払い!!」

「うるさいなぁ…俺がこれから色々教えたる言うてんやんか」

「お前に教わることなんか無いわ!離せや!痛いやろが!」

「……」


 どんなに凄んでも掴まれた腕は解放されず、ハルキは無言になってズンズンと華を引っ張って行く。

 どうする事も出来ずにそのまま引っ張られて人気の無い場所まで連れて来られてしまった。

 これから何をされるのか、いくらなんでもこの状況では華にもなんとなくわかってしまったが、逃げられない。


 何かの建設現場なのか、積み上げられた板や角材が大量に置かれた場所でや華を乱暴に離すと、ハルキは更に笑顔を深くしてジリジリと距離を詰めてきた。そして高く積まれた資材の端に追い詰めると、息がかかるほどに顔を近づけて呟いた。


「お前のこの生意気で可愛らしい顔が俺は好きやねん」

「…お前の好みなんか知るか。帰らしてもらうわ」

「帰らすか。アホやろお前。昔っからずっとむちゃくちゃにしてやりたかってん。ほれ…その顔や。これがな。どないに変わるんか楽しみなんや俺はぁ」


 どうにか平静を保っているフリをして言い返してはみたものの、ここから逃げられる算段などまるで無い。

 やっと手に入れた玩具を愛でるかのように、華の頬や唇に指を這わせ、未だ怪しく微笑み続けるハルキが怖かった。怖くて怖くて、手足が震えて抵抗出来ない。まるで自分のものではないかの様に、身体に力が入らないのだ。


(このままやったらハルキの思うつぼやのに…こんなん嫌やのに…)


 今にも溢れ出しそうな涙で目頭が熱くなっている。

 こんな時どうすればいいのかなんて知らない。

 こんな事になるなら、大人しく家に居れば良かった。今更な後悔が押し寄せて、叫び出したい気持ちで息苦しい。


「!」


 ハルキの唇が迫ったのを察して、顔を背けて回避したものの。ガッチリと捕まった状態ではそれ以上どうにもならなくて、体に触れるハルキを突き飛ばそうと必死に腕に力入れるけれど、少しくらい離れてもすぐに押し返されてしまって結局組みし抱かれる。


「やっ」


 意図せず、弱々しく情けない悲鳴が漏れて、かえってハルキを喜ばせてしまう自分が悔しい。


(ホンマきっしょい!)

(あたしが良いと思てた時にあんな酷いことしといて、嫌になるとこんなんすんねや…)


 恐怖で力の入らない身体をどうにか捩って逃げようと奮闘するが、それでは逆に相手の思うつぼ。みるみるうちに覆いかぶさられて身動きができない状態にまで発展してしまっていた。

 自覚するよりも先に視界がぼやけていく。今の自分がどんなに情けない顔をしているのかと考えても、悔しくて仕方なくても、もう逃げられないところまで追いつめられてしまっているのがわかる。

 誰か助けて…!

 声にならない叫びが喉の辺りで留まって出てこない。


 いつしか両手を頭上で縛り付けられ、少しの抵抗もできなくなった時。自分の衣服に入り込む別の体温が華の声を押し出した。

 周囲に響き渡ったその悲鳴は、ほんの一瞬、時を止めたように感じた。
















 辺りが鎮まりかえり、ふと我に返ると、拘束されていた筈の両手が解放されていた。

 まるで夢でも見ていたかのように、身体には異常が無く、辺りも静かだ。


 ふと、視線を動かした華の身体の横に、意識を失って横たわるハルキの姿があった。

 驚いて、しかし、先ほどまでのアレコレが夢ではなかったと知ると、再び恐怖が蘇ったのだが、何故かハルキは動かない。それどころか彼の頭部にはほんの少しだが血のような跡があり、揺すっても叩いても起きる気配がない。


(え?なんで?え?し、し…)


 狼狽える華は、何が起こったのか分らずキョロキョロと視線を右往左往させ、そして気がついた。


「…か、一舞?」


 華の目の前には、仕事着に身を包んだ一舞が、角材を持って立っていた。その表情は暗くてよく見えないが、いつもとはまるで雰囲気が違う。


(怒ってる…?)



 一舞は怒っている。それはわかった。

 だがしかし、何故彼がこんなところに居るのだろうか。

 しかも、よく見ると、彼が手に持っている角材には、たぶんハルキのモノであろう血のような赤黒い跡が…



「こ、、、ころしたん!?」


 驚いてそう言った華の頭に大きな手が降ってくるかと思ったが、寸でのところでそれは止まり、代わりに角材が宙を舞った。



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