子供じゃないけど【1】



 ライブハウスでの出来事から2年程の月日が経った。

 華は相変わらず夜遊び仲間との縁は切れていなかったのだが、遊び疲れて家路に着く途中で隣の家に忍び込んでは、一舞の弾くギターの音に癒されるようになっていた。

 音楽のことなど相変わらずわからないといった調子ではあるが、彼の奏でる音は何故か心地良いと感じていたのだ。

 華と一舞はすっかり仲良しになって、まるで兄妹のようだと近所の大人から言われるようになっていた。

 夜の街に出ても一舞が一緒なら文句も言われない。無理やり家に連れ戻そうと必死だった華の両親も、彼女のことを一舞に任せてしまう程だった。


「なんで一舞はええ子扱いなん?不公平やわ…」

「俺がええ子やから仕方ないわな」

「煙草吸うとるくせに」

「あはは、これは内緒やで華ちゃん」

「ヘラヘラすんな。可愛い無いっちゅーねん」


 一舞がふざけて、華が悪態をつく。これが日常。

 実際、ふざけている事がわかっていても、一舞の笑顔は正直、華の心臓を擽った。本当はその可愛いらしさにドキドキもしていた。だけど悔しいからそんなことを思っているなど絶対に知られたくはなかったのである。



 一緒にいる事が当たり前になっていたある日の深夜。

 夜遊びから帰って、いつものように一舞の部屋に忍び込んで、2人で話していた時だった。ふとした問が浮かんだ華は、眠そうな目をこすりながら曲作りをしている一舞に尋ねてみたくなった。


「…なぁ」

「ん〜?なに〜?」


 返ってきた声は欠伸混じり。最早、半分夢の中である。


「そういえば、なんやけど…一舞は彼女とか居らんの?」

「…」


 華からの問に、ギターを掻き鳴らす手が止まった。そしてゆっくりと彼女の方へ顔を向け、しばしの沈黙。しかし、若干、目が覚めたような顔をしている。


「…彼女か……どうやろ」

「どうて」

「あー…うーん……まあ、前は、居ったよ」

「別れたんや」

「うん…まぁ……俺が遠距離無理やってん」

「……前に住んでたとこに居ったん?」

「うん、まぁ…そうなるなぁ」

「……どんな女?」

「……気になるん?」

「……まぁ…ちょっとは」

「…ほう」

「…なんや」

「いや」


 先ほどは驚いたような雰囲気だった一舞なのだが、徐々に、何やら楽しい事を見つけた犬のように瞳を輝かせはじめた。そして、本当にわからないから教えてほしいのだといった表情の華を見つめてニヤニヤとし始めたものだから、彼女はだんだん苛立ちを感じ始めていた。


「なんやねん。教えてぇや」

「いやん」

「は?」

「ふふ、うん。な。ままま、教えんとこ」

「はぁ!?こない引っ張って教えへんてどういうことや!」

「いやぁ、なんやオモロいねんもん」

「何もオモロいこと無いやんか、なんやアンタ」

「いやいやいや、そない言うけどもやな。華ちゃんがなんでそないな事気にするんかなぁ」


 一舞にそう言われてハッとした。だが、知りたいものは知りたい。知りたいと思ってしまった事を曖昧なままにしておくのは気持ちが悪い。華にとっては、ただそれだけの事という認識であるため、何がそんなに面白いのかわからない。

 
「気になったらアカンの?」

「いや、まあ、アカンことも無いけども」

「ほんなら何や。ニヤニヤしよってから」

「俺のこと好きなんやろ」

「は?」

「そない根掘り葉掘り俺の恥部に干渉するて、そういう事やないのん」

「根ほりも葉ほりもしてへんがな。わけわからん事言いなやハゲ」

「ハゲてへんし」

「いやいつかはハゲるやろ」

「ハゲません」


 対等ではない。華は常々そう感じていた。なんなら子供扱いをされていると言っても過言ではない。確かに一舞の方が年上ではあるが、そこまでされる程でもないと思っているだけに、内心とても悔しかった。

 どんなに言葉を選んでも、本気で強く言い返しても、いつも飄々とした態度で返されて結局やりこめられてしまう。


 どうにか本気で困らせてみたい。

 怒らせたり悔しがらせたりしてみたい。


 ただそれだけの気持ちだったのだが、負けず嫌いな華は、益々、一舞にべったりになっていった。


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