赤い髪と不良少女【3】



(…今、何時なんやろ)


 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、小さな箱の中は静まり返り、ギラギラと眩しかった照明は、足元を照らす僅かな明かりだけになっていた。

 結局、全てが終わるまで出入り口の前に立ったまま動けずにいた華は、まだそこにいた。夢見心地と言うのが正しいだろうか。地に足がついていないような、重力を感じない浮遊感でボンヤリしていた。

 声を枯らしながら叫んで踊って暴れ回っていた観客たちは、まるでその姿が見えないかのように、彼女の身体にぶつかりながら、我先にと外へ飛び出していく。

 出待ちのためなのか、それとも、未だ冷めやらぬ興奮を吐き出したいためなのか。男女問わず周りが見えていない者ばかりのようだ。


 ところで”ハルキ”はどうしたのか。

 彼の姿は既にどこにも見当たらない。

 華を置いて帰ってしまったのだろうか。とはいえ彼女にとってそれはどうでも良い事になっていた。

 置いていかれた事実には腹が立つ。それは確かにそうなのだが、芽生え始めていた恋心がここまで踏みにじられてしまっては、そんな男にいつまでも囚われているのも癪だったのだ。

 人が出払った箱の中はとても静かで、チカチカする光も無い穏やかな空間。時折聞こえてくる何かの機械音がなんだか懐かしいような、心地いいような…。

 いつしか立っていることにも疲れてしゃがみこんだ。

 今考えていることはといえば、家にどうやって帰ればいいのかわからない。ということ。

 いつもなら、こんなに帰りたいなんて思わないのに、不思議だ。



「あれ?」

「んにゃっ!?」


 空を見つめていた視界に突然一舞の顔面が現れた。

 驚いた拍子に出た声はまるで…


「猫か」

「はっ!?ちゃうわ!急に現れるからビックリしただけやんか!」

「あははっそうか、そらすまん。てかなんや。こないなとこに1人で来たん?」

「……連れが居ったけど、気づいたら置いてきぼりや。はぁ…しょーもな」

「そうか…ほんなら一緒に帰ろか華ちゃん」

「………うん」



 自分でも驚く程、素直に返事を返した華だったが、それだけ寂しかったからなのかもしれない。優しい一舞の声に縋りたかったのかもしれない。


 店を出て、さりげなく引かれた手に反発するでもなく、一舞と共に、華は駅に向かって歩を進める。


(…背中に背負ってる黒いのは何やろ?)


 一舞の背中に背負われている黒いギターケースが気になった彼女は、いったい何が入っているのか知らずに、中身を確かめるかのようにコンコンッと小突いた。その行動に驚くでもなく、一舞は穏やかに振り向いた。


「そんなんしたらアカンで」

「あ、ごめん」

「ええよ。あとで見せたるから今は我慢やで」

「……コレ何?」

「俺の宝物や」

「ふぅん…」


 そんなに大事なモノを持ち歩いて大丈夫なんだろうか…。華はそんな事を考えながら彼の背中の黒いケースを見つめている。最早、一舞の存在を嫌がっていたことなど忘れてしまっていた。


「華ちゃん今日は素直で可愛いな」

「何言うてるん。いつも素直やであたし」

「…そうなん?」

「…そうや」

「ふはっ、じゃ…そういう事にしとくわ」



 駅についても、電車に乗っても、地元についても。一舞は手を離さない。

 華はその大きな手が嫌いではない気がして、振り払おうなどとは思うこともなく、暗がりでも鮮明なその赤い髪を、一舞に手を引かれながら眺めていた。



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