猫になりたい【4】



 ミドリの家を訪問した日から数日が経ち、華はあれからずっと部屋に籠もって泣いていた。

 自分が傍に居れば、ミドリは辛い記憶を忘れられない。そんな原因を作ってしまった自分が、そして、その事に対して何の落とし前もつけられない自分が、とにかく許せなかったのである。

 食事など食べる気にはならず、家族の誰とも口をきかない。ただ部屋の中で蹲って泣くだけの毎日。

 いつしか、中学最後の春休みも終わろうとしていた。





 行きたくないとゴネたものの、担任や親からの懇願にも似た薦めにより、辛うじて受験し、合格していた高校。その入学式さえ欠席した。人前に出ていく気になどならなかった。

 涙は既に枯れたかのように出なくなったが、代わりに食事はどうにか喉を通るようになった。しかし痩せ細ったその身体には体力が無く、階段を上ることさえ覚束無い。その姿を見る度に、どうにか立ち直らせようとしていた両親も、最早何も言えなくなっていた。そんなある雨の日。一舞が珍しく華の部屋へやってきた。


「…なんや……まだ昼間やで。仕事は」

「今日は雨やから休みや」

「…ふぅん」


 久し振りに一舞の顔を見た。突然の訪問にも驚きはしたが、それだけだった。


「ほんまに元気無いな」

「何言うてるん。あたしは元気や。どこも何とも無いし」

「……痛いところが見えへんだけやろ」

「…は?」

「痛いんやったら強がんな」

「…は……あたしなんか…もっと痛くなったらええねん」


 一舞は何かを察してくれているようだったが、虚ろな表情の華の目には彼の顔さえ映らない。

 一つ一つの言葉に対し自嘲気味に返事をする華。ベッドに寄り掛かって座っているその目の前に無言で腰を下ろすと、一舞はジッと彼女の目を見つめた。


「………なに」

「…うん」

「………あたしを見んといて」

「…なんで?」

「こんな汚いモン…一舞は見たらアカン」

「…華ちゃんは綺麗やんか」

「……汚い」

「…なんで、なんでそないな事言うんや。痛くなったらええとか汚いとか…そんなん聞かされたら俺かて痛い」

「そんなん言うたかて汚いんやからしゃーないやんか!あたしは一舞に守ってもろて無傷やのに大事なミドリは傷だらけなんやからな!こんなん不公平や…っ」


 自分は汚いのだと、そう言って聞かない。声を荒げ、一舞をキツく睨み上げながら、とても苦しそうな顔をしている。


「ミドリて…友達か」

「……友達やった。友達やったけどもう違う」

「せやかてそんなん…華ちゃんのせいなんか?」

「あたしのせいや」

「……」


 今にも泣きそうなのにそれすら不可能なのか、唇を噛んで俯いてしまった華を、一舞は無言で抱き寄せた。そして宥めるように彼女の背中をとんとんと叩きながら「大丈夫や」と言った。

 華はその手の心地よさと押し寄せる罪悪感で熱くなっていく目頭を、彼の肩で押さえて堪えようとした。しかし、背中を撫でていたその大きな手で頭を撫でられてしまうと、もうそれ以上我慢するのは無理だった。最早枯れ果てたと思っていた涙がボロボロと零れ出し一舞のシャツを濡らしていく。


「……華はええ子や」


 大丈夫、大丈夫と、頭を撫でながら耳元で囁かれるその優しい声は、彼女のその全てを丸ごと包んでくれているかのようで、消えない罪さえ許してもらえたかのようだった。そうして優しく包んでくれるその手や声が、心から愛おしいと感じたのである。

 華はこの時初めて、一舞に恋焦がれている事を自覚したのだった。





 それから毎日。一舞は仕事前と帰ってからと、華の部屋へ訪れた。

 彼女が何も言わなくても顔を背けていても、必ず頭を撫でて「行ってくるわ」と「ただいま〜」を繰り返した。


(なんや。あたしはやっぱり猫か)


 華はなんだかそれがくすぐったくて、少しだけ意地を張っていたのかもしれないが、心配してくれている事はわかっていたから、撫でてくれるその手を素直に受け入れていた。

 一度だけ、とても帰りが遅かった日はさすがに心配になった。ようやく現れた彼は傷だらけになっていて、その姿に驚いて立ち上がった瞬間、額を押し付けられて悲鳴を上げた。

 思ってもみなかった痛みと恥ずかしさに悶絶している間に一舞は去ってしまっていたが、もしかしたら…と考えると、それがまた華の胸を掻き毟って堪らない気持ちにさせたのである。




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