猫になりたい【3】



「こんにちわ」

「え…なんで?」

「ちょっと…心配なって、来てしまったんや。キモいやろ…ごめんな」

「華…てか、入って」


 ミドリは家に居た。そして華の顔を見てとても驚いていた。でもその表情は、華の訪問を喜ぶのでも嫌がるでもなく、ただ青ざめていた。

 彼女はもっと、いつも強気で自信に満ちた表情をしていたはずだ。それなのにこの何かに怯えてるような雰囲気はなんだろう。突然現れた華を見て驚いたあと、慌てた様子で中に入るよう促すその様子がまた不思議だ。


「お邪魔します」

「そんなんええよ親も居らんし。それよりこっち。早よ」

「あ、うん…」
(…あれ?)


 よく見るとミドリの腕や首元に包帯が巻かれている。衣服で隠してはいるようだが、彼女の後ろから階段を上る華には見えてしまった。

 いったいどうしたのだろうか。怪我をしているから遊べなかったとしても電話くらい出られた筈だし、何かがおかしい。その姿を見ているとなんだか胸の奥からゾワゾワとした何かが広がっていく気がした。





 ミドリの部屋に着くと、促されるままベッドにゆっくり腰を下ろした。

 少しの動作でも痛みがあるのか、こちらに気づかれないよう配慮している様子も見てとれるがまったく意味を成していない。


「ミドリ、その怪我どないしたん?痛いんやったら横になる?」


 華が心配してかけた言葉がミドリの何かを刺激したのだろう。突如彼女の瞳から涙が溢れ、苦しそうに泣き始めたのである。


「なに?え?ど、なんで?」

「はな…あたしな?も、あかんねん」


 苦しそうに息を詰まらせながら、弱々しい声で話始めた。それは、二人で夜の繁華街に居たあの日。ハルキに遭ってしまったあの日の事。

 あの時、ハルキの事は撒いたはずだった。あの男は追いかけてこなかった筈だった。だが、家路に着くため別れた直後、ミドリだけは見知らぬ車で連れ去られていたのである。

 連れて行かれた場所がどこなのかわからない。ただ何人もの男がそこにいて、ミドリは縛り上げられ、殴られたり蹴られたり煙草の火を押し付けられたりしたという。そして気を失って次に目が覚めた時には、自宅の前のゴミ捨て場に放置されていたのだそうだ。

 気絶していた間の事は覚えていなかったが、あまりにも酷い怪我だったために彼女を見つけた近所の大人が病院へ運んでくれた。そして、そこでわかったのは、彼女に残された傷は外傷だけではなかったということだった。

 暴行、強姦、輪姦、拉致、監禁。その全てをその身に受けた事実を知って、彼女は何もかもが怖くなってしまった。

 心身共に未だ癒えない傷が残っていて、何軒もの病院に通っている。だが彼女の両親は世間体を気にするあまり、事を公にすらしていない。確かにミドリ本人だってあまり他人に知られたい事ではないかもしれないが、警察に届ければ犯人達を檻に突っ込むことくらいできる筈なのに。


 話すうちに荒くなっていく呼吸で苦しそうに横たわるミドリの背中を、華は一生懸命撫でた。そしてその苦しい気持ちを知って、自分の知らない間に受けた彼女の傷を知って、堪らなくなった。そして泣きながらひたすら謝るしかなかったのである。


「あたしのせいやな…ごめん…ごめんなミドリ…」

「…華の、せいちゃう……でも…もう友達ではおれん…」

「…う……ほんまごめん、一人にしてごめん!」


 ミドリが泣き疲れて眠りに堕ちるまでの間、華はずっとその傍にいた。

 何かを取り戻したかったせいかもしれないが、もう遅いことも分ってしまった。

 自分に何か出来ることは無いのだろうか。だけど、これ以上彼女に自分が関われば、また何か酷い目に遭わせてしまうかもしれない。

 ハルキという男のしつこさを知ってしまっただけに、もし一舞との約束を破って復習をしにいったとしても、またあの男に会ってしまったらこんな風に悪いモノが飛び火してしまうとしか思えなかった。

 傍にいて傷つけてしまうのなら離れるしかないではないか。

 考えれば考えるほど悲しくて、そして寂しかった。

 友達を悲しませる自分自身など、消し去ってしまいたかった。





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