傷心10



 薄暗い室内に、優雅に響き始めたピアノの音色。

 何ていう曲だろうか?優しい…とにかく優しい音。

 低音と高音が柔らかく響き合う旋律…聴いたことがあるようで、でもハッキリとは分らないけど。


(…綺麗な音)


 ピアノに向かう銀髪の人は、さっきまでとは雰囲気が違って見える。


??
「ドビュッシーの〔ベルガマスク組曲〕」

一舞
「え?」


「ほら、《前奏曲》が終わって、今弾いてるのは、第1曲《メヌエット》」


 いつの間にか隣に来て居た翔が、小声で教えてくれた。


一舞
「…わかるの?」


「…透瑠のピアノなら、嫌ってほど聴いてるからな」

一舞
「…そうなんだ?」


 ドビュッシーか…ちゃんと聴いたこと無かったけど…好きかも。



「ほら、ここは聴いたことあるだろ?第2曲《月の光》」

一舞
「…う…ん」


 それは、あまりにも綺麗で優しい音の波。それまでのどの音とも違う響き。





 艶が無かった銀色の髪が、月明かりに照らされてキラキラと輝く…。


(…どうしよう…こんなの困る)



「将来有望なピアニストの卵だぞ…得したな」

一舞
「……」


「透瑠は…変わってるし誤解されやすいけど良い奴だ。お、第4曲《パスピエ》ここは軽快で、普段の透瑠っぽいな」



(…透瑠さんっていうんだ)


 曲調が変わっても変わらない優しい音色…。


(涼ちゃんもこんな風にピアノ弾くのかな?…こんな風に優しくて綺麗な音…)


一舞
「…?」


 突然翔が、あたしの右手をそっと撫でた。

 驚いて振り向くと、翔は透瑠さんの方を向いたまま何も言わない。

 そのうち視界の中の、彼の輪郭がぼやけていって、自分に起きている変化を知る。


(あ…あたし泣いちゃってる…)


 それを翔に気づかれたんだとわかって、それでもこっちを見ないようにしてくれるその優しさがもう無理だった。

 自分の意志とは関係無くどんどん溢れてくる涙。

 あたしはそれを止めることができなくて、気づくと声をあげていた。




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