傷心6



 涼ちゃんが下へ降りていく足音を聞きながら、部屋に取り残されたあたしは、ちょっと遠慮がちに床に座った。そして、なんとなく視線を移したベッドの上に読みかけの本を発見。

 そっと中を見て、すぐに元に戻す。


(…難しそうな本)


 悪ぶっているけど、涼ちゃんは結構頭がいいのだ。とてもあたしが読んで理解できる内容では無い気がした。

 1人ぼっちで何もできなくて、なんとなくキョロキョロと部屋を見回す。

(?)

 ふと目に留まったベッドの影に本棚らしきものを発見。


一舞
「……スコア?」


 沢山ある物たちが綺麗に整頓された室内、なのにそこだけ乱雑に並べられている。気になって近づくと、確かにそれは、ピアノのスコアブックだった。


      ガチャ

(!)

一舞
「あ」


 一冊取り出したところで涼ちゃんが戻ってきた。


一舞
「ごめん、つい」


「あぁ…いいよ別に、好きに見てて」


 スナック菓子と、大きなペットボトルのお茶、それからグラスを2つ。床に並べながら、どこかやっぱり表情が不自然な涼ちゃん…。


一舞
「涼ちゃん…」


 思い切って聞いてみようと声をかける。

 涼ちゃんは「ん? 」…って、小首を傾げてあたしを見る。


一舞
「…」


「…?」



 …だけど次の言葉が出てこなくて目を逸らしてしまった。

 浮かんでくる言葉は《ピアノ》の三文字。自然とスコアに視線が落ちる。


一舞
「涼ちゃん…もうピアノ弾かないの?」


「・・・」

一舞
「・・・」


「……あぁ…たぶん弾かないかな〜」


 あまり振ってほしくない話題だったのか、涼ちゃんは困った顔で薄く笑った。




 確か涼ちゃんの親って、ピアニストだったはず…。

 あたしでも名前くらい聞いたことがあるくらいの有名人。そんな親を持つ人なわけだから、それなりに色々あるのだろうけど、あたしはその事情を知らないわけで…


 単純に

一舞
「…聴いてみたいな」

 と思って、口に出してしまった。



 涼ちゃんは少しも声のトーンを変えずに、ちょっとしたおどける感じも見せずキッパリと言った。



「…下手くそだから嫌」



 下手くそなわけが無いんじゃ…?なんて、そう思って、つい口が滑っていく。


一舞
「…こんなに本がボロボロになるまで練習してたのに?」


「…それはそれ」


 関係無いって顔で却下されてしまった。

 本当に弾くのが嫌そうだから、それ以上はお願いできなかったけど…一度でいいから聴いてみたかった…。


 あたしはそっとスコアブックを元の場所に戻し、涼ちゃんの側に座りなおした。





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