予感2




 由紀ちゃんがどうしてもバンド部に入りたい理由。耳元で打ち明けられたそれは…


香澄
「(好きな人がそこに居るからなんだよ)」

一舞
「………」


 そうだったのか…。由紀ちゃんが初恋中なのは聞いてたけど、そこまで強く近づきたいと思ってたなんて。

 それにしても相手は誰なんだろう?

 前にツインズとか言ってたけど、そもそもどっちの事を言っていたのか謎なままだ。


一舞
「え…っと…」


香澄
「……」

由紀
「だ…誰…なのかは聞かないで…ください」

一舞
「……」


 とにかく初恋相手が誰なのかは教えてもらえないらしい…でも本気だってことはわかったし、できることなら応援したい。


(あたしがしてあげられる事って何だろう?)


 とても真剣に、思い詰めたような表情でこちらを見ている由紀ちゃんはきっと、もうOKの返事しか聞かないだろう。そう考えが決着してしまうと、あたしの答えは1つしか浮かばない。そして、あたしができる事も1つだ。

 シーンと静まり返った部室内。そこに置かれた機械たちの音が静かに共鳴している。


一舞
「…わかっ…た」


 自分の声色がまだ心配だという気持ちを露わにしてしまっているけど、それは許してもらいたい。

 ただ、「あたしも一緒に…」と言えなかったのは何故なんだろう…?


 困惑するあたしとは裏腹に、香澄と手を取り合って喜んでいる安心した笑顔が眩しい。



 空気が和み始めた部室の扉が開き、バタバタと慌ただしい足音と共に涼ちゃんが入ってきた。



一舞
「おかえり。どうしたの?」


「ん、ちょっとこれから先生方と会議でさ、書類を取りに来た」


 生徒会長専用の大きなデスク。その上に詰まれたファイルをバサバサと音を立てながら確認している姿は、今の彼の忙しさを物語っている。


一舞
「お昼ご飯は?」


 なんとなく心配になって確認してみると



「一応食ったけど……その唐揚げ頂戴」

一舞
「う?うん、いいよ」


 突然のお願いに驚きながらも箸で摘んで差し出すと、あたしが座っているソファーの傍らにしゃがみ込んで、あーんと口を大きく開けた。


一舞
「はーい。今日の自信作」


「ん。うまっ!」

一舞
「ふはっ」


 昔からそうだけど、本当に美味しそうに食べてくれる表情はとにかく可愛らしい。


香澄
「ちょっとー。なに甘えてんのー?アタシらが居ること気づいてる?」


「うっせーな、いいじゃんか。癒やしのひと時を邪魔しないでくださいー」


 香澄の言葉にワザとらしく顔を歪ませて反論したかと思うと、卵焼きを素早くつまんで涼ちゃんは部室から出て行った。








 下校時刻になると、香澄と由紀ちゃんはこれから遊びにでも行くみたいなテンションで《CLUB Junior Sweet》に向かって行った。

 あたしは、今日は早めに夕食を済ませたいと言う翔に合わせて、スーパーで食材を買ってそのまま藍原邸に行くことにした。


 荷物持ちを買って出てくれた涼ちゃんと一緒に食材を選びながら、由紀ちゃんへの心配が口をついて出てしまう。


一舞
「由紀ちゃんは頑張るって言って凄くやる気だけど…」


「沢田さんねぇ………てか、相変わらず世話焼きだよなぁ一舞は」

一舞
「だって…」


「だぁいじょーぶだって。一舞が心配するほど子供じゃないだろ?」

一舞
「…そうだけど」


「どのみち例えば、一舞が一緒にいてもいなくても、例えばどんな事でも、1人で頑張らなきゃならない時は誰にだってあるんだからさ」


 確かに涼ちゃんの言う通りだ…だけどそれでも…何かあった時の由紀ちゃんの事を想うと心配は消えない。

 言葉を失って、長ネギの束を握りしめたまま考えこむあたしに、涼ちゃんは続けた。



「なんなら一舞も一緒に入部すればいいんだよ」

一舞
「…へ?」


 思ってもみなかった言葉に、あたしは口を開けたまま固まった。



「時間、作れるようになったんだろ?」


 ニッコリ笑って誘ってくれる涼ちゃん。

 確かにあの入院以後、家政婦の仕事は続けているけど。ママからは高校生らしく自分の時間をたくさん楽しめばいいって言ってもらえたから、家の事は何一つやらなくても良くなっていた。

 部活をやろうと思えば出来ない事は無い。だけど、入部したからと言って由紀ちゃんを守りきれるほど裏方の仕事は暇では無いのだから、あたしが邪魔になる可能性だってある。


(それに、他にも気がかりな事があるし…)


 それを考えるとすぐに返事は出来なかった。



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