予感1




 あの突然の入院から2ヶ月が過ぎ、あたしの高校生活は初めての夏休みを迎えようとしていた。


香澄
「やっぱり部室は涼しくていいねぇ〜」

由紀
「近頃は…エアコンが無いと辛くなってきましたからね」


 今はお昼休み。

 あたし達は、バンド部じゃないのにバンド部の部室で寛いでいる。


 これはなんというか、部長の彼女の特権なのかも。

 好きな時に使っていいからって言って、涼ちゃんがくれた合い鍵。最近は特に重宝している。

 エアコンの効いた快適な部室内には色んな物が置かれていて、特に部屋中央に置かれた大きなソファーは、その心地よさがハンパ無い!

 そのフカフカのソファーに座り、3人で他愛ない話をしながらお弁当を食べるのが近頃の日常だ。



一舞
「照ちゃんや涼ちゃんも、昔みたいに一緒にお昼食べられたらいいのにね」

香澄
「そうだね〜…忙しいんだから仕方ないんだけどさ」


 生徒会役員は、このところ昼休みも返上して走り回っている。

 夏休み前の行事や、夏休み明けに待ち受けている諸々、その準備で大忙しなんだとか。おかげであたしも、ようやく涼ちゃんの忙しさを少し理解できてきた。



香澄
「はぁ〜…晩御飯は何にしようかな〜」

由紀
「……」

一舞
「何しよう?…由紀ちゃん家は何?」

由紀
「うち…は、何でしょうか…?暑いのできっと…冷たいパスタやスープが出るのでは…と、思いますが…」

香澄
「ユッキー家のシェフ借りたい」

一舞
「あははっ確かに」


 とても女子高生の会話とは思えないけど、晩御飯の献立はあたし達にとっては重要なのだ。そんな会話の中で、突然…由紀ちゃんが改まって言った。


由紀
「…あの…わたし」

一舞
「ん?なぁに?」

香澄
「ユッキーどしたの?」

由紀
「わたし…バンド部に、入りたいのです」

一舞
「………え?」

香澄
「………」


 一瞬 耳を疑った。


(…今、何て?)


一舞
「ゆ…由紀ちゃん…バンド部は男子多いの知ってるよね?大丈夫?」


 心配になって聞いてみたけど


由紀
「がっ頑張ります!」


 即答だった。


 由紀ちゃんは中学卒業までずっと女子校育ち。かなりのお嬢様育ちで、家族以外の男子と日常的に関わるなんて経験は今まで無かったと言っていい。

 共学デビューして以来、冒険的にいろんな事ができるようにはなったけど…今だに男子とは目も合わせられないし、校内での行動はあたしか香澄が常に一緒なのだ。

 そんな由紀ちゃんがバンド部に入りたいだなんて…。


一舞
「………」

香澄
「………」

由紀
「………」

香澄
「…大丈夫じゃなぁ〜い?」


 しばらくの沈黙のあと、香澄がのんびりとそう言った。


一舞
「…そう思う?」

香澄
「だってアタシもバンド部入るし」

一舞
「そうなの!?」

香澄
「うん。だから大丈夫でしょ?」


(…どうかな)


 それでもやっぱり心配だ。

 よりにもよってなんでバンド部なんだろう?もっと由紀ちゃんっぽい部活だって沢山あるのに…。


一舞
「…他の部活じゃダメなの?」

由紀
「…あの…わたし………えっと…」


 心配のあまり、すぐさま応援することが出来ない。由紀ちゃんは困ったという表情で俯いてしまった。


香澄
「一舞」

一舞
「え?」


 俯く由紀ちゃんを横目に、香澄が耳打ちしてきた言葉。

 頑なな希望のその理由、それはとても自然な願望だった。



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