歌声8





 全て終了し《Junior Sweet》の灯りが消えたのは日付が変わった0時半。

 ホッとした表情の涼ちゃんが、店先に突っ立っているあたしを見つけて驚いていた。




「あれ!?なんで!?」

一舞
「…お疲れ〜」


 あたしはそれ以上の言葉を話せなくて、店の壁にもたれ、ため息を吐いた。



「…んまぁ…とりあえず送るわ」


 ぼんやりしているあたしの手を取って歩き出す。あたしはただその力に任せてついて行く。








 翔さんは…あたしにライブを見せたかったんだろう…それはわかるけど。


(…いったい何故?)


 翔さんの歌声を聴いた時、あたしの中に湧き上がった感情。それは…悔しいとか羨ましいとか…そんな気持ちに似ていた。




 あたしもつい2年前までは、あのステージに立って歌っていた。

 バンドが自分の夢だとか、そんなことを考えたことは無かったけど…あの楽しかった時間は何にも代えられない宝物みたいに思っていた。


 さっき感じた音も声も…あたしの言い表せない感情を掻き立てる。でも、それを整理できないまま、涼ちゃんに手を引かれて歩きながら…言葉にならない気持ちを、喉の奥で詰まらせているだけ。



「翔くん凄かったなぁ」

一舞
「…え?…あ…うん…凄かったね」


「…翔くんさぁ。ずっと…たぶん、2年くらい歌ってなかったんだ」

一舞
「…え?」


「2年くらい前に何だかキツいことがあったらしくてさ。歌う気分になれないとか言って…だから今日、店に来たのも2年振りくらいでさ」

一舞
「……」


(…そうだったんだ)



「でも全然ブランク感じなかったなぁ…コッソリ1人で自主練でもしてたんかな?…って、んなキャラじゃねぇか」

一舞
「……」


(涼ちゃん 嬉しそうだな…)



「翔くんは俺の目標なんだ」



 目標。



 夢…。




 今のあたしには無いものだ…。







 夜の澄んだ空気を感じながら、あたしの中に何かが芽生えてくれることを願った。






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