元彼5





(一舞と話す…?いったい何を話すって…?)


 急に不安になって足が止まった。


 今は昼休み。いつもは寄り付かないピアノ科の校舎へ渡る途中だ。

 一舞のいるクラスは、3階の一番奥らしいが…飯時だし、教室にはいないだろう。そう思って、教室へ行きかけて方向転換。屋上に向かう。


(そういえば一舞は昔、自分で弁当作って持ってきてたっけ…付き合ってた間は俺の分も…)


 屋上への階段に差し掛かったあたりで、また足が止まる。



「……」


(一舞の弁当……結構、旨かったんだよな…)



「………」


(2人で弁当持って、照や香澄と一緒に屋上で、ピクニック気分になってたっけ…)



「…………」


 ちょっとしたキッカケで蘇る幸せだった頃の思い出。



「……はっ!」


(なに思い出してんだ俺!乙女か!)


 なんとか心に蓋をして足を進めるけど。



「……」


(…何を話す?)


 同じ不安が再び過って立ち止まってしまう。






 何のために会いに行く?っていうか行ってどうするんだ?

 話し合って、よりを戻す?あり得ねーだろ。



 自分の中に言い訳を探して、この繰り返し。

 それに…翔くんが女嫌いだって言っても、アイツがあの家から出てきたところに出くわしたんだ。それだって何かあるんじゃないのか。







       ガシャン…        ギィ…






 すっかり動かなくなった俺の足。階段の途中で戻ることもできずに立っている俺の頭上から、扉の開く軋んだ音がして…間を空けず、甲高い声が響いた。



香澄
「あ、涼ちゃん」


「……」


(香澄だ。俺に気づいたのか…)


一舞
「えっ?」


「!」


 声に反応するように見上げると、一舞もひょっこり顔を出している。



「……」



 まるで吸い寄せられるように、再び階段を踏みしめる自分の足。足枷でも付いていたかのようだった足取りが、一気に軽くなった。それなのに、一舞の居る場所まではとても距離があるようにも感じる。


 この階段、こんなに長かったかな…。





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