歪曲2



 あれから二日。日常はいつも通り。

 朝起きて、家族と会話して、学校で授業を受けて、部活に精を出す。

 透瑠くんの奇行も、翔と会えなかった夜も、まるで無かったことみたいに時間は過ぎていく。


 あたしが今出来る事なんて、この日常をいつも通りに過ごすことしかない。

 せめて、このモヤモヤした気持ちが面に出ないように努力するしかない。



 そういえば今朝のニュースでは、透瑠くんの公演の模様が伝えられていたっけ。

 忙しいって言っていたのはあの事だったのか。

 パリで有名オーケストラと共演だなんて、本当にピアニストになってしまったんだな…なんて。

 ついこの前会ったばかりなのに…少し遠い存在に感じてしまうのが不思議だ。




由紀
「一舞ちゃん…?」

一舞
「…」

香澄
「……一舞?」

一舞
「……」

由紀
「か…」

香澄
「ちょっと!」

一舞
「わっ!?…え…?…え?」

香澄
「こぼしてる…」

一舞
「…ぁ」



 自分で思うよりも放心していた。

 今あたしは、由紀ちゃんと香澄と一緒にお弁当を食べていたのだ。

 油断した隙にまたうっかり考え込んでしまっていたようで、手にしていたペットボトルのお茶を、スカートに少しこぼしてしまった。



由紀
「わ、わたし、ティッシュを…」

一舞
「あ、ありがとう…ごめん」

香澄
「…」



 慌てて拭く物を差し出してくれた由紀ちゃんに、御礼を言う声すらたどたどしくなってしまって、自分でも困ってしまう。

 左隣では由紀ちゃんが次々とティッシュを取り出し差し出してくれているし。右隣からは、香澄の視線がこれでもかとあたしに何かを訴えかけている。

 まさか話せ…なんて言わないよね…?



香澄
「…はぁ」

一舞
「…」

香澄
「…ねえ、何かあった?」

一舞
「………ううん。ごめん。大丈夫」

香澄
「…そ。…どうせ話してくれないもんね」

一舞
「……っ」

香澄
「いいよ。話せる時まで待ってるから。アタシらの前では好きなだけ落ち込みなよ。面倒見てあげるし」

一舞
「…ごめん。ありがと」

香澄
「はいはい、いい子いい子」

由紀
「…いいこ」

一舞
「…〜っ」



 優しい言葉と、両サイドからの「良い子」攻撃で、あたしの涙腺は一気に緩んだ。

 泣いてしまうなんて予定してなかったのに、この二人にはやっぱり敵わない。

 それでも話すことさえ出来ないのが辛い。


(だって…)


 話せるわけが無いのだ。

 翔に会えない以上、透瑠くんが何を考えているのか判明しない以上、あたしだって何をどう説明していいのかわからない。

 香澄にとっては、とても近い存在の二人の事だし、彼女まで傷つけたくない。



 まさかこんな事になるなんて思っていなかった。

 まさか透瑠くんが、あたしと翔の間に入ってくるなんて、考えてもいなかった。

 翔の過去が過去ではなくなるかもしれない今、あたしの立場は何処に置いてもらえるのか、どういう気持ちでいればいいのかもわからないままだ。


 せめて会いたい。

 翔に会いたい。

 会って、今の気持ちを聞きたい。

 そうすれば、もしかしたら少しは、諦めもつくかもしれないのに…。






 部室の窓に映る空は暗い雲に覆われて、今にも泣き出しそう。


 あたしの涙はなかなか止まらない。

 いい加減泣き止んで、顔を洗って出直さなきゃいけないのに…。




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