歪曲1



――――――――――――side 一舞

(あたし…なんで此処に居るんだろう…?)


 草木さえも眠る深い夜。

 あたしは翔の居ない部屋で彼のベッドに横たわり、ただ其処に居た。




『可哀相だから、今夜だけは一緒にいてあげるよ』


 何を言い出すのかと思えば…心外だ。

 あたしは別に「可哀相」なんかじゃないし、翔じゃないなら一緒になんて居てくれなくていい。

 冷めた脳がそう考え始めたのは、随分と時間が過ぎてからだったけど。

 たった一人であんな広いだけの部屋に放り込まれて、ただ朝を待っていたあたしには、反発したい気持ちを投げつける相手さえ居なかった。


 一緒に居るよと言った彼も、忙しいと言いながら何のために留まっているのか不明なまま。その存在は、微かに聴こえる音色だけが証明していた。

 壁越しに聴こえる音は優しく、柔らかく…初めて聴いた時よりも深く、美しい音。

 まるで、感情の置き所がわからなくなったあたしを包んでいるように。

 旋律は夜通し止む事無く…眠れないあたしの傍らに、ずっと居てくれているようだった。



 帰ろうと思えば抜け出すなんて容易い事だったのに、ピアノを弾き続けている彼を残して帰ってはいけない気がしたのは何故だろう。

 何故、翔に会えないんだろう。

 何故、あの人は…戻ってこれたんだろう…。

 何故…あたしは此処に居るんだろう……。


 無限ループし続ける疑問に答えがあるのかさえ不明だ。

 あたしはただ其処に居て、何事も無いまま朝を迎えた。そして、旅立つ透瑠くんを見送って、自分の家に帰った。

 ただそれだけの事。

 それだけの事実しか無かった。

 なんて間抜けで、なんて無駄な時間…。

 少しでも疑問を投げかけてみれば良かったのに。終わってしまった今ならこう思う。

 いったい透瑠くんが何を考えているのはかわからないけど、あんなに優しい音を奏でられる人が、本気で人を貶めるとは考えられない。


(やっぱり…)


 話し合うべきだ。

 彼が「翔の代わり」だと言うのなら尚更、あたしにはそうすべき責任みたいなものがあると思う。


 
 一睡も出来ずに戻った自分の部屋。

 制服に身を包み、学校へ行く準備に取り掛かる。

 ボンヤリなんかしていられない。きっと落ち込んでいる時間も無いんだろう。

 今は何かできることを探さなくちゃ…。



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