霹靂9




 パパと別れて数分後。

 打ち合わせが終わったというママと連絡をとり、お迎えを待つためロビーへと向かっていた。筈なんだけど…。


(…迷った)


 見事に迷子だ。

 こんなことなら、案内してくれるというパパの提案に乗るべきだった。

 パパのマネージャーさんが時計とこちらを交互に見て焦っていたものだから、つい遠慮してしまったのだけど。ここで迷ってしまってはまた誰かに迷惑をかけてしまうじゃないか。

 とにかく早くロビーに辿り着かないと、ママにも心配をかけてしまう。

 学校の廊下みたいに案内板でも付けて置いてくれたらいいのになんて思いながら、周りをキョロキョロしながら、空のお弁当を抱えて急ぎ足で歩いていた。



一舞
「ふぎゃっ!?」

??
「!!」



 角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。

 ぶつかった拍子に抱えていた空のお弁当が宙を舞い、あたしはよろけて転びそうになった。

 お弁当の包みがカシャンと音をたてて転がっても、自分の身体が無事だったのは、咄嗟に相手があたしの腕を掴んでくれたから。



一舞
「わ、す、すみませ…!」


「…大丈夫?」

一舞
「…だ、、、いじょうぶ」



 ぶつかった相手は、なんと翔だ。




「…まさか、こんなとこで会えるなんて」

一舞
「…う、ん」
(まったくの同感です…)



 一瞬、目に映った彼の表情は、とても安堵しているように見えた。

 何故一瞬なのかと聞かれたら、あたしが咄嗟に目を背けてしまったからなんだけど。




「一舞…」

一舞
「ごめん。もう行かないと」


「!」



 堪らず翔に掴まれていた腕を振りほどいて、その場を去ろうという行動に出てしまった。

 なにしてるんだろう。こんなのダメじゃん。




「待て」

一舞
「!!!」



 振り払った筈の腕に、途端に強く抱き止められて、息が止まるかと思った。

 間髪入れずに耳元で聞こえる翔の声。

 これは困る。本気で泣き出してしまいそうだ。




「学さんから、話聞いたんだろ」

一舞
「!」


「本当は俺から話すべきだったのに…苦しめるような事になって、ごめんな」

一舞
「…」



 翔の口からあたしに向けられた「ごめん」の意味は、あたしの想像する答えで合ってるのかな。

 もし間違いじゃなかったら嫌だな。

 久しぶりに触れた温もりが嬉しいのか悲しいのか分らなくて、込み上げてくる息苦しさを堪えるのが大変だ。




「…かず」

一舞
「ごめん」


「…」

一舞
「お願い。離して」


「…」

一舞
「ママが待ってるから…」


「…」



 あたしの言葉に納得してくれたのか、きつく巻き付いていた翔の腕が外された。でもまだ手を離してくれていない。




「…会いにきてくれたわけじゃないのはわかってるけど、混乱してる事もわかってるけど、だからこそ俺は…早く会いたかったんだ」

一舞
「……あたしもだよ。でも、今はまだ、どんな顔していいかわかんない」


「…だよな」

一舞
「…今夜。話せるよね?」


「あぁ…早く帰るよ」

一舞
「…わかった…待ってる」


「…うん」



 「待ってる」という言葉に返ってきた翔の小さな返事。名残惜しいとでも言いたげに翔の手は離れていった。

 あたしは結局、まともに顔をみられないままその場を後にする。


 もっとちゃんと話せたらよかったのに…せっかく会えたのに…笑顔くらい見せて安心させてあげればいいのに…。


 早足で通路を歩きながら、翔の視線を背中に感じながら、悟られないように。

 堪えきれずに溢れ出した涙で視界が悪い。

 こんな崩壊しきった顔では、目的の場所にたどり着けたとしても、帰れない。

 どうにか感情を鎮めなきゃ。













 人気の無い通路で足を止め、一人、声を殺して泣いた。

 ママならきっと待っていてくれる。

 だからここで、全部出し切ってしまえばいい。


 今夜、笑顔で会えるように。




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