霹靂8



 少々込み入った話になりそうだったので、パパと二人でスタジオを出て、窓から景色を一望できる大きな会議室へと移動した。

 広い室内には大きな円卓と椅子が並んでいるだけ。幸い今の時間は使われないらしく、ゆっくりと食事ができそうな空間になっている。


龍二
「はぁ。顔がつかれたぁ」

一舞
「…」


 椅子に腰を下ろすなり、大きなため息とともに、いつものパパの声がした。

 やっぱり少し作ってたんだな…。


一舞
「いつもと同じにしてればいいのに」

龍二
「いつもと同じはねぇ…意外と顔が知られてるからなぁ。何かで違いでも作らないとプライベートがなくなりそうじゃない」

一舞
「…そういうものなの?」

龍二
「俺個人の考えだけどね。華さんとのデート中にファンの人と会ったりしたら気まずいでしょ?」

一舞
「…ん〜…そういうもの?」

龍二
「ははっ、っていうか俺が邪魔されたくないっていう理由」

一舞
「あー。それならわかる。ふふっ」


 持参したお弁当を広げ、ようやくいつものパパに会えて安堵して、微笑みながら箸を手渡す。すると、ニコニコとした表情であたしの顔をじぃっと見つめる顔面と目が合った。


一舞
「…ん?」

龍二
「で?どんなお話?」

一舞
「……あー…えーっと」

龍二
「恋愛相談?」

一舞
「え!?」

龍二
「だったら嬉しいなぁと思ったんだけど」

一舞
「…んー」

龍二
「違うの?」

一舞
「違う…けど、違わない、かな」

龍二
「俺から何かを聞き出したい?」

一舞
「うん」

龍二
「ってことは、華さんのことかな?」

一舞
「…あのね」

龍二
「うん?」

一舞
「あたしの、本当のお父さんについて…」

龍二
「…」

一舞
「ママの気持ちを聞いたの」

龍二
「うん」

一舞
「…龍二くん」

龍二
「はい」

一舞
「龍二くんは、辛くないのかな…」

龍二
「…」


 龍二くんはママの気持ちを全てわかっている。とママは言った。わかった上で一緒に居るんだと言った。でも、じゃあ、龍二くんは辛くないのかな?って疑問が湧いた。

 あたしは、翔の過去を知ったことで、どうしたらいいのかわからなくなって、今まで感じてきた彼からの愛情にさえ自信が持てなくなって、混乱している。

 正直言って、とても辛い。

 翔の気持ちが、過去が。今のあたしでは理解できなくて、実感が無くて…理解して包んであげたいとか、今まで通りの気持ちでいたいと思えば思うほどに不安が増していくのだ。

 経験不足だとか、お子様脳だとか、原因は色々あるけれど、それを飛び越えてでも理解したい。でもわからない。それが辛い。

 同時に思い浮かぶのは、本当は彼からの気持ちが全て幻想だったんじゃないかという恐怖。

 だって…姿の無いものに、どう立ち向かったらいいのかわからない。


龍二
「辛かったよ」

一舞
「…え?」

龍二
「最初はね。辛かったよ」

一舞
「…」

龍二
「でも、華さんは、ちゃんと俺に応えてくれてるから。今はただ、彼女の傷を癒してあげたいと思うだけかな」

一舞
「……」

龍二
「だって仕方ないじゃない。取り返せない過去なんて誰にでもあるし、それは人によっての重さの違いがあるだけなんだし」

一舞
「…うん」

龍二
「華さんは、一舞ちゃんが居たから、ああして気丈に生きてこられたんだ。だったらあとは俺が、キミの居なくなった後のその心を、支えてあげるだけだと思ってるよ」

一舞
「居なくなる?」

龍二
「女の子はいつかお嫁に行っちゃうでしょ?そしたらママは一人だ」

一舞
「……」


 ママと離れる日のことなんて。正直考えてもいなかった。でも、龍二くんの言う通りだ。

 そこまでママのことを考えていてくれたなんて、それだけでも感動してしまったけれど。そもそもあたしがお嫁に行ける日がくるかどうかさえ、今は危うい。

 もしその日が来たとして、思い浮かぶ相手は翔しかいない。

 彼が抱えているものを、あたしがどれだけ理解できるのか。龍二くんのような覚悟が持てるだけのキャパシティーがあたしにはあるのか。

 今まで考えたことも無かった、能天気だった自分が恨めしい。


龍二
「一舞ちゃんは、華さんの分まで幸せにならなきゃ」

一舞
「…」

龍二
「大丈夫。俺も応援してるから」

一舞
「うん…ありがとう」



 今まで見た事もないくらいに温かい笑顔で微笑んで、龍二くんはあたしの頭を一度だけ撫でてくれた。

 そうだね…ここまで大切に育ててもらって、幸せにならなかったら親不孝だ。



龍二
「…さて。これ、食べてもいいかな?」

一舞
「え?あ、ど、どうぞ」

龍二
「いただきます」

一舞
「…」



 待ってましたとばかりにお弁当に箸をつけ、「これはどうやって作るの?」とか「今度、華さんに作ってあげよう」とか、嬉しそうにおかずを頬張る龍二くんの姿がとても微笑ましい。

 あたしの質問に答えてくれただけで、でも何かに気づいてはくれていると感じるのは、返ってきた答えがとても正直なものだと感じたからだ。

 あたしもこんな風になれたらいいのに。

 自分の情けなさを痛いほど感じながら、両親からの愛情に感謝した。




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