解放1




由紀
「先輩は凄く優しい人だって…わたし知ってます」


 俺の肩にそっと体を預けながら、まるで酔っているかのような台詞を吐いている。



「…そんな妄想を押し付けるな」

由紀
「どうして無理に悪い人のフリをするんですか」


「…良い人間なわけがないだろ」

由紀
「…嘘は、嫌いなんじゃないんですか?」


「………」

由紀
「カッコつけて悪ぶらないでください。一舞ちゃんが大切に思っている人なのに、悪い人なわけ無いんですから」


「…お前の基準は一舞が全てなのか。呆れる心酔っぷりだな」

由紀
「呆れられてもこれだけは譲れません。先輩は優しくて良い人なんです」


「…で?」
(この頑固者め…)

由紀
「…」


「だから何だ」

由紀
「だから…本当の先輩を、教えてください」


「…………」

由紀
「女性を人間だと思えなかったなんて、人間はみんな女性から生まれるのに。そんなのおかしいです。何が先輩にそう思わせていたのか教えてください」


「………」


 クソ真面目な顔をして、真っ直ぐに俺を見つめる目が鬱陶しい。

 何が俺にそう思わせていたかなど、こいつには何一つ関係の無いことだ。

 だが、そうだな。

 ここまでハッキリとモノが言えるのなら、それなりの対応をしてやろうじゃないか。



「…だったら話してやるが、どんな話でも覚悟はできているんだろうな?」

由紀
「大丈夫です!」


「…フン…鼻息を荒くするな。一度しか教えない。聞き逃してもチャンスは無いからな」

由紀
「はい!」


 両手の平をギュッと握りしめて、力いっぱい頷く顔がなんとも滑稽だ。

 仕方がないなと俺はため息と共に、自分の過去を由紀に話して聞かせることにした。



「はぁ…そうだな…………あれは俺が、まだ中学に上がる前の話だ」

由紀
「…」


「少しの間…大学生と付き合っていた事があった」

由紀
「……」


「まだ俺は、どこからどう見てもガキだったんだが…なのにあの女は、俺に惚れていると言った。そして何も知らなかった俺に、ありとあらゆる大人の付き合い方を教えてくれた」

由紀
「………」


「わかるか?まだ肉体の成熟していない俺に、手取り足取り…あんな事やこんな事…とにかくそのおかげで、その辺の知識だけは人並み以上に成熟していった」

由紀
「………」


 隣を見遣ると、真っ赤なトマトみたいな顔をして俯く姿がそこに在る。

 少し意地悪すぎたか?…だが、まだ話は始まったばかりだからな。ここで辞めるわけがない。



「…なんだ。今更そんな顔をしても許してなどやらないぞ。お前が話せと言ったんだからな」

由紀
「うぅっ…だ…大丈夫です!」


 両手で頬を覆いながら、必死に赤面を隠しているつもりなんだろうがバレバレだ。

 まったく、いちいち顔面の忙しい女だ。

 とにかく。大丈夫だなどと言ったのだから、やはり辞めてやろうとは思えないな。


 どこをどう見たら、こんな男を優しい良い人だなどと言えたのか。

 まったく理解に苦しむ。




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