報い5




 そうなんだ…一舞とはよく言い争いをしていた。

 あの頃の俺に対してそんな態度をとる女など他には居なかった。だからなのか、それが凄く不思議に思えた。

 そのうち俺の中で、珍しい生き物という興味から、出会ったことの無いタイプという印象に代わり、アイツにますます興味が湧いた。

 日を追う毎に言い負ける事が多くなっていったが、それが殊更面白くて…まるで言い合いを楽しむように一舞と接していた。

 その興味が恋愛感情だと気づいたのは、一舞が涼と付き合い始めてからだ。

 それからは自然と俺からの態度が変わっていくのが自分でもわかった。そしてアイツも、そんな俺の変化に気づいて態度を変えてくれたから…ますます俺は、一舞の良いところばかり見せられるようになっていったんだ。


(…だが)


 突然、アイツが転校することになり、バンドも解散になった。

 当然の事のように2人は別れ、一舞の性格を勘違いした涼が荒れ始め…俺も混乱した。

 いったい何故、俺まであんな気持ちになったのかわからないが、一舞に対しての疑心はなかなか消えなかった。

 疑っているのに想いは消えない…それはまるで涼の心を映すように、俺の心を支配していた。


 そしてあの頃の俺は、女をモノ扱いしていた頃よりタチが悪かった。

 何より感情を知った俺にとって、言い寄ってくる女のその柔らかな感触は、寂しさを紛らわすことのできる唯一のモノだったから…

 目の前の相手を無視したまま、一舞を想いながら、何人も…傷つけてきたんだ。



「一舞へのこの気持ちが叶わないのは、たぶんその報いだと…俺は思っている」

由紀
「………」


 俺が話終える頃には、由紀は俯いてしまっていた。



「……楽しい話じゃなくて悪かったな」

由紀
「……大丈夫です」


「無理するな。今の話で、何故俺がお前を避けていたかわかっただろう」

由紀
「……」


「俺なんかの傍にいても良いことなんか無い。嫌っててくれたほうが助かる」

由紀
「…わたしにまでそんな事言うんですか」


「……なに?」

由紀
「美樹さんが言ってました」


「…………」

由紀
「俺のことなんか嫌ってればいい…って。昔、言われた事があるって…」


「……」

由紀
「今になって考えると、すごく気になる言葉だって…美樹さん、心配してました」


「…………」


 なるほど…美樹か。確かに言ったかもしれないな。


由紀
「私も、今、同じ気持ちです…」


「…………」



 どちらかと言えば、嫌いだと言われた方が気が楽だ。その方が余計な気を使わなくて済む。

 だが俺だって…

 生まれた時から《ただ誰かを傷つけるだけの人間》というわけではないのだから。

 好きだと言われた方が、当然、嬉しいに決まっている。


(なんなんだ、まったく…)


 それを説明したところでわかる筈も無いだろう。

 心配されたところで何が変わるわけでも無い。



「……」


 なのに何故だ…?どうにかしなければならないような気がしてくるのは…。


 まさかこんな風に心を乱されるとは思っていなかった。

 第一印象の弱々しいイメージから油断していた。由紀という女を甘く見ていた自分に呆れながら…

 肩にそっと触れてくるその体温が、今は物凄く、俺を困らせていた…。






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