報い4





「お前は…今まで通りで良いと言ったな」


 俺と由紀だけの特等席。


由紀
「はい」


 何の前振りも無く問いかけた俺の言葉に即答する由紀が珍しい。



「だが、本当にそれでいいのか?…俺の気持ちは相変わらずだが、相手がお前なら、応えてやれないことは無いんだぞ?」


 傍に置いてやれ。付き合うとか付き合わないとか、そんな選択肢だけじゃない。洋はそう言った。

 俺も今は、その考えに同感だ。

 だが由紀はどうだ?本当にそれでいいのか?

 たとえ傷つける結果になったとしても、それでも由紀が望むのなら、その意思に沿う形になったっていい筈だ。

 どうせ傍に居るなら、ただ俺が甘ったれているだけよりずっと良い。そう考えたからこその質問だった。


由紀
「それは嫌です」


「…っ」


 唐突に切り出した俺の言葉に、目を逸らさず返事をした由紀の声には迷いが無く、あまりの潔さに俺の方が言葉を失う。


由紀
「先輩」


「……」

由紀
「わたし…先輩の事好きです。でも…」


「……」

由紀
「…無理に付き合ってもらいたくないですし、無理に一舞ちゃんを諦めようとはしてほしく無いんです」


「……………」


 なんだか難しいことを言っている気がした。

 無理に付き合ってもらっても嬉しくは無いだろう。そんなことは俺にだって理解できる。

 だが、一舞を諦めようとするな…とは、いったいどういう意味だ。



「お前……何を言ってるんだ?」

由紀
「思っていることをそのまま言っています」


「……」

由紀
「…先輩はずっと、気持ちを消そうとして苦しんでるんですよね?」


「…………」

由紀
「…わたしも、消そうと思ったことあるんです。先輩ほど長い時間苦しんではいないですけど」


「…………」

由紀
「だけど消せなくて、伝えてしまいました」


「…………………俺のことか?」

由紀
「…先輩のことですよ」


「…………そうか」

由紀
「好きなら好きで、それは仕方ない事だと思うんです」


「…………」

由紀
「好きになったキッカケが自然な事なら尚更。それはやっぱり、自然に任せるべきです」


「……………」

由紀
「わたしの考えはおかしいですか?」


「………いや…」


 俺の知らない由紀がここに居る。

 考え方があまりにハッキリくっきりしていて、なんとも清々しい。

 自然と、自分の表情が柔らかくなっているように感じる。

 迷っていた自分が情けない。


蓮 
「……由紀…俺は」

由紀
「…はい」


「…俺は今まで」

由紀
「……」


「一舞に会うまではずっと…女という生き物を、自分と同じ《人間》だと思ったことが無かった」

由紀
「………」


「だから、どんなに綺麗な姿をした女でも、好きだと言われても、心が動くことなど無かった。付き合ってもそれは、興味半分でしか無かったから…優しくなんかできなかった」

由紀
「……」


「…出会った当時の一舞は、チビで色気もない、日に焼けるのも気にしないし化粧もしない。まるで猿みたいな女だった」

由紀
「…!」


「一緒にバンドを組むようになっても、俺は珍しい生き物を扱うように、からかったり罵ったりしていたんだが…」

由紀
「……」


「俺がどんなに罵声を浴びせようと平気な顔で言い返してきた。泣きもしなければ逃げもしない。酷い時には殴り合いにもなった。手加減など無意味だったし、ぶつかればぶつかる程、俺の方が言い負ける事が多くなっていった」

由紀
「……」


「そうしていくうちに…アイツは俺と対等な人間なんだと思い知らせてくれたんだ」

由紀
「………なんだか」


「……?」

由紀
「ふふっ……目に浮かぶようです」


「…」


 突然話し始めた昔話。

 隣から聞こえる柔らかな笑い声。

 続きを求めるように、由紀は俺に笑いかけた。






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