報い2




 今までまったく寄り付く事の無かったピアノ科の校舎。その、一年の教室が並ぶ廊下をふてぶてしく歩く。

 気持ちが落ちていても虚勢を張る事だけは忘れないらしい。なんて滑稽な人間なんだ俺は。

 色めきだった騒ぎ声が響き渡り、酷く耳障りな長い廊下。誰もこんな情けない俺には気づかない。



「ちょ!蓮センパイじゃない!?」

「うっそ!ヤバーイ!ガチじゃん!イケメーン♪」



「…」


 無視して足を進める俺の周囲には、何時しか人だかりが出来た。そして仕舞には、何を勘違いしているのか話しかけてくる女まで現れる始末。


「蓮センパイこんにちわぁ♪いつもライヴ観てまぁす♪」


「……」
(どこから声を出しているんだ気持ちの悪い奴らめ…)



 無視し続けてもその群れは増える一方で、鼻にかかった甘えた声に苛立ちを覚えつつ、今はとにかく目的を果たしたい。とんだ珍獣扱いだが、これも慣れなければならないんだろう。


(しかし…)


 ベタベタと触ってくるのも不快だが…どうしてこんな状況になったんだ。昔はこんなに馴れ馴れしくされる事など無かったのに。

 ステージに立つ人間とはこういうものなのか…。

 いや、違う。

 最初にステージに立っていた頃は、ファンだと言う奴らとはもっと節度を保った関係性だった筈だ。

 俺に対しては特に、もっと距離を保っていた筈なのに…なんなんだコレは。


 腑に落ちない歓迎に首を傾げながらもなんとか耐え、目的の教室の前に着く。



「!!」


 教室のドアへ伸ばした事で安堵した俺の手を、勢い良く掴まれる感触に驚く。


「やった!先輩と握手〜♪」


 同時に、廊下に響いた喚き声。

 キャーキャーと奇声を発しながら、俺の手を取り合う五月蝿い女達。




「…」




 ジワジワと速度を上げて込み上げるこの苛立ちを、いったい何処にぶつければいい?






       ガラッ…





「!」


 俺が手を伸ばした方とは違うもう一方のドアが開き、そこから出てきた相手の姿を確認した。



「ま…」


 待て。そう言いかけた俺の目の前に回り込む人影。


「蓮センパイお昼一緒に食べませんかぁ?」

「やぁ〜だ!アタシとですよね先輩?」


「邪魔だ!!」



「!」

「!?」





 呼び止めようと伸ばした手を再び掴まれ、一気に沸点の限界を超えた。

 突如荒げた俺の声に、辺りは潮が引くように静まり、触れていた幾つもの手は離れていった。

 すぐさま目の前に出来た道を歩きだしたが、静かになったのはほんの一瞬。

 まるで俺の背中を追うように、背後では再び黄色い悲鳴が上がり始めた。

 引いていった波が再び押し寄せるように勢いを増していくソレに、意味不明な恐怖さえ覚える。

 とにかく俺は、なんとかその人混みを抜け出し、目標目がけて走り出した。







由紀
「きゃっ!えっ!?せ、先輩!?」


 目標を捉えると、両手でその肩を掴み、そのまま廊下を走り抜ける。

 傍らから聞こえる、困惑と驚愕と微妙に歓喜の混じった小さな悲鳴。

 そんなモノ、今は構っていられない。


 先ほどまで背後から聞こえていた黄色い悲鳴は、怒りや嫉妬の狂気へと変わり、明らかに由紀へと向けられている。

 やはり普通の女どもというのはロクな生き物じゃない。

 改めて感じるこの感覚。

 なんとかこのか弱い後輩を守らなければ。そんな使命感に駆られるように、ピアノ科の校舎を抜け出し、階段を駆け上がった。







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