迷求2




 シャワーを終えて部屋に戻ると、襖一枚で仕切られた隣の部屋からは、いつものように洋の歯軋りが響いていた。

 こんな数分の間に熟睡できるなんて羨ましい奴だ。おかげで俺はもう眠れないらしい。

 とりあえず、こんな早朝から学校に行くわけにもいかないし、サボっていた詞でも作ろうか…。


 外はまだ仄暗い。きちんと整頓された机のデスクライトを点け、引き出しから雑書き用のノートを取り出すと、それほど書ける雰囲気でもないのにペンを取る。


(そういえば、作詞なんて合宿以来だな…)


 もともと得意ではないから、気が乗らないのはいつものことなんだが…今は無駄に時間があるからな。

 ベッドの上に移動して壁に背中を預けると、中途半端に意気込んでノートを開いた。

 だが困った。ペンを構えるも…まったく言葉が浮かばない。


 バンドなんだから、得意不得意で担当を分けてしまえば良いのかもしれないが、俺達にはそれができない。

 何故なら俺たちは、一人一人、持っている音楽ジャンルが違うという売りがあるからだ。

 とはいえ、中でもとりわけ作詞を苦手としているのが俺と涼。

 他の三人はそれぞれらしさを充分に発揮して、巧みに言葉を操るからなんとかなっているようなものだ。
 
 その中でも、やはり一舞の詞が一番巧い。

 あんな天然なくせして器用に言葉を操るというか、楽しみながら書いてるのがわかる。可愛らしい詞を創る。



「…」
(そうだな…)


 ああいうところも俺のツボだ。

 素直で飾らない。それでいて強くて、だけど弱くて…その弱さを隠そうとする健気さもある。

 表面だけを言えば、笑った顔が一番魅力的だ。

 赤い髪もよく似合っていて、太陽みたいに天真爛漫かと思えば、時々見せる艶も……









「………!」
(…って、何考えてるんだ俺は)


 ダメだ。

 このままでは一舞へのラブソングでも書いてしまいそうだ。


(そんなものどうする気なんだ…俺は馬鹿か…)




 自分のセンチメンタルな思考に焦って両手に強く力が入る。

 ノートはくしゃりと歪み、ペンには若干ヒビが入ったような音がした。



「……っ」
(いつまでこのままなんだ俺は…!)


 未練がましいにも程がある。由紀はこんな男のどこがいいんだ。



 本当はもう考えたくない。考えるたびに、胸が引き裂かれそうに痛い。

 気持ちを伝えたのに、ハッキリ答えを貰ったのに、終わりにできない……もう無理だ。

 壊してしまいたい。

 消し去ってしまいたい。

 この気持ちごと…俺自身を…。





















「!」


 うっかり瞳が潤んだ俺を見ていたかのように、傍らで震えだした携帯電話。



「…………由紀?」


 開いたディスプレイには由紀の名前が表示されている。




 時刻はまだ朝の5時前だ。

 もしかして寝ていないのか…?




――――――――――――

おはようございます。
起こしちゃったらごめんなさい…

眠れなくて、こんな時間に先輩にメールしたくなってしまいました。

さっき、私のしたことを嬉しいと言ってもらえて
すごく嬉しかった…
でも、なんだか複雑です…

先輩は眠れてますか?

――――――――――――




「………」
(複雑、だよな…)



 あぁ…俺もだ。

 そしてまた、眠れそうにないよ…






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