明暗6



 早朝の、静かな住宅街に、スズメのさえずりが響いている。

 朝日は涼ちゃんを背後から照らし、あたしはその向かい側で、陰のかかった涼ちゃんの顔を見ている。


 朝っぱらから、こんな他人の家の玄関先ではち合わせてしまうなんて思わなかった。


(…無傷で良かった)


 自分の額を何度も触って、傷が無いか確かめるような仕草の涼ちゃんを見ながら、ホッと胸を撫で下ろす。


(そうだ、せっかく会ったんだから、気持ちをちゃんと伝えなきゃ!)


 そう決心して声を発しようとした瞬間。



「そこどいてくんねぇ?」

一舞
「あ!…はい!」















(って!避けてる場合かあたし!!)



「おわっ!?」



 中へ入ろうとする涼ちゃんのシャツの襟をとっさに鷲掴みにして、勢いよくこちらに引き戻す。

 華奢な涼ちゃんの体はいとも簡単に引き戻され、勢い余ってあたしよりも少し…後ろへ…。



「ちょっ!?意味わかんね!なんだよお前!?」

一舞
「ごめん!涼ちゃん!」



「!!?…」


 思いきり引っ張り戻され、地べたに座り込んでいる彼に向かって深々と頭を下げ、あたしは叫んだ。



「………」

一舞
「………っ」


 あたしは頭を下げたまま、涼ちゃんは黙ってしまったまま、空気がシン…っと静まり返る。




(…聞いてくれる?)





「………」




(…言ってもいい?)




一舞
「………」




(言うよ?)




一舞
「涼ちゃん…」


「………」

一舞
「嫌な思いさせてごめん!誤解させるようなこと言ってごめん!傷つけてごめんなさい!」


 頭を深く下げたまま、あたしは言い放った。



「……っ!?」



 涼ちゃんは黙っている。あたしの視界には彼の黒い靴。そのつま先が、ピクッと微かに動いた。


 涼ちゃんが何かを言いかけた。そう思ったその時。

 会話が途切れたあたし達の頭上から、突然聞き慣れない声がした。


??
「…んなとこで何やってんだ」


 頭上から聞こえてきた声。静かな朝の空気を柔く震わせる男声は、しっとりとした艶を含んで耳に届いた。

 あたしは、深々と下げていた頭を持ち上げ…涼ちゃんの方に目を向ける。


一舞
「……」


 涼ちゃんは下を向いている。そんな彼から目線を外し、声の聞こえた方を見た。

一舞
「…?」

 しかし玄関には、屋根のようなものが柱で支えられて覆われていて、すぐ上を見ても人など見えない。

 あたしが引き戻した勢いで、涼ちゃんは、玄関扉から少し離れたところに座っているから…たぶん、その場所からなら見えるのかもしれない。

 そっと彼のそばまで行って上を見上げると、ちょうど玄関の上に屋根のようになっていた部分は、二階のテラスになっていてた。

 見上げた途端、視界に飛び込んできたのは、その手すりに寄りかかってこちらを見ている…金色の髪。





 さっき、ベッドの中で揺れていた髪だ。


??
「アンタ誰?」


 くわえ煙草の煙が風に乗って、朝日に輝く髪を揺らしている。

 凄く綺麗なのに、温度のない表情…。


一舞
「隣に住んでる、橘です……翔さんですか?」


「……」


 尋ねてみても返事は無い。


 次の瞬間、涼ちゃんが立ち上がって


「…遅刻すんぞ」


 そう呟いて、大豪邸の中へ走り去った。



 彼の行動に驚いて消えていく背中を見送ったあと、再び上を見たけど…翔さんらしき人も消えていた…。




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