浸染5




 そうか。返事は要らないのか。

 まぁいい…だがまさか告白されたのに返事を拒否されるなんて、今まで経験したことが無いな。



 俺の中の由紀に対する気持ちは、どちらかと言えば《嫌い》よりは《好き》の方に傾く。

 だから例えば、付き合うのもあながち《ナシ》よりは《アリ》なのかもしれない。

 こんな俺でも、そんな相手から《好き》だと言われれば、それなりに嬉しいものだ。

 だがそれは、嬉しいと感じただけの事で…俺の中に由紀に対する特別な感情は…たぶん無い。

 ということは、返事をしなくていいのはたぶん、俺にとっては凄く助かる。

 由紀はもしかしたら、それをわかって言っているのかもしれないな。


由紀
「…失礼だったら、ごめんなさい」


「…いや…問題無い」


 相変わらず離されることの無い制服の裾。

 言葉が途切れ、進める足が幾分後ろに引っ張られている。

 少し進むと、遠慮がちな声がまた、背後から聞こえた。


由紀
「わたし…先輩が誰を好きなのか…知ってます」


「………」

由紀
「入学した頃。先輩の姿を見て、最初はただ…先輩の見た目にドキドキしてただけでしたけど…気になってました」


「………」

由紀
「部活で一緒になった時も。怒鳴られて、凄く怖く思えたんですけど…でも、もう好きでした」


「……」

由紀
「だけど先輩の目が…一舞ちゃんを見てたの、わかってたから。この気持ちは…ずっと言わないつもりだったんです」

蓮「……」


 そんなに前から…隠していたのか。

 それにしたって怒鳴られても好きだなどとは物好きだな…。



「…結局ツラくなるなら、先に言えば良かったんだ。スッキリ諦められるように振ってやったものを」

由紀
「………ダメです」


「………」

由紀
「先輩は本当は、凄く優しいから…わたしなんかのために困ってほしくなかったんです」


「…………」


 まったく面倒くさい奴だな。しかも頑固だ。

 実際、迷惑なわけでも、困っているわけでもないのに。

 そのうえ一舞のことまでわかっていて、こんなところで名前を出されるとは思わなかった…。


由紀
「気にしなくて大丈夫ですから、今まで通り居てください。先輩は…一舞ちゃんの事、ちゃんと頑張ってください」


「……」


 何を言ってるんだコイツは…。



「…ずいぶん偉そうな物言いだな」

由紀
「…え?」


 立ち止まり。斜め後ろで俺の制服を掴んでいた由紀の方へ振り向く。

 さっきまでのニヤけた顔はもう、いつもの仏頂面に戻っているはずだ。

 由紀が若干怯えているからな。

 まぁとにかくそんな事はどうでもいいが…さっきのコイツの発言はまず、訂正させなきゃならない。


 度胸が付きすぎるのも良し悪しだな。






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