浸染2




(………なんなんだ)


 自分の家へと足を踏み出した俺だったんだが…腰に纏わりつく何かに、その足を止められウンザリする。



「………貴様…いったいどうしたいんだ」

由紀
「………」


 未だに言葉を発しないまま、俺の腰にしがみついて俺を止めようとしているらしい。



「…俺と居るのは嫌なんじゃないのか」


 必死にしがみついている由紀の、その顔をなんとか確認しようと身を捩り声を掛けると、一生懸命首を横に振っている。


(…つーか喋れ)



「…だったら何故、無視するんだ」

由紀
「………」


「………」
(どうあっても無言を貫く気か…)


 いったい何のつもりなのか。こんな面倒な女とは正直関わりたくも無いのに。

 しかし相手は由紀だからな…そう思い直し、苛立つ気持ちを堪えながら再び声をかけた。



「おい、いい加減に……」


 と…言いかけて気づいた。俺にしがみつく由紀の体が震えている。



「……どうした?」


 そう聞いたところで答えないことはもう解った。

 ならば、と、由紀の手を引き剥がし、向かい合わせの状態で顔を上に向けさせる。


由紀
「っ!」


「………」
(なるほど…もう驚くのもばかばかしいな…)


 無理やり此方に向かせたその顔は、今にも泣きそうに歪みきっている。

 それでも必死に涙を堪えているあたりは少しくらい譲歩してやってもいいのかもしれないが…。



「…何やってんだお前は。泣きたいなら泣けと言っただろう」

由紀
「ぅ…だって…せんぱ…」


「…」
(…ようやく声が聞けたな)


 仕方ないのでそのまま由紀を抱きしめてみる。



「…嫌なら振り払え」


 俺の言葉に嗚咽を漏らしながら首を振り、震える手を背中に回してきた。

 なるほど嫌なわけではないらしい。


由紀
「…ぅ…ふ…」


「……まったく、よく泣く」

由紀
「…せ……ぱい…」


「………なんだ」

由紀
「……っ……」


「…聞こえない」

由紀
「…っ…せんぱい」


「…だからなんだ」

由紀
「せんぱぁ〜い!すきですぅ〜ふぁ〜ん!」


「はぁ!?」
(なんなんだその悲鳴みたいな叫びは!?)

由紀
「ふぇぇ〜ん」


「…」
(まったく。まるで赤ん坊みたいな泣き方しやがって…)


 これじゃあ俺が由紀に悪さでもしているみたいじゃないか。


(しかも好きだとかわけのわからんことを…)



「…」
(……わけのわからん…こと)



(??)




「ちょっと待て。お前、今なんて言った!?」

由紀
「うっ…ふぇっ…」


「…」
(…ダメだ。完全に取り乱している)


 それにしてもなんてブサイクな告白なんだ。

 小さな子供のような泣き声とともに、顔をくしゃくしゃにしながら叫ぶなんて…。

 挙句の果てには泣き止まない。

 これじゃあ何も進まないじゃないか。



「……おい。頼むからまともに話をさせてくれ」


 堪らず呟いた俺の声は、虚しくも由紀の泣き声にかき消される。

 突然そんな告白をされて、俺だって驚いているのに…。


 ひたすら、胸にしがみついて泣き続ける由紀を、俺はただ宥めるしか出来なかった…。





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