心労3




 由紀に渡された小瓶。その中の液体が、独特の味と匂いを主張しながら喉を通り抜けていく。

 それを飲み込む水音と俺の喉の動きを、息を呑んで見つめている由紀の視線を感じる。

 一気に飲み干し、唇から小瓶を離すと…目の前で由紀が、何故か真っ赤になっていた。



「…どうした?」

由紀
「へっ!?」


「…何故赤くなってるんだ?」

由紀
「え!そっ、そんな事ありませんっ」


「…」
(そんな事ありませんって顔か)



 そういえば昨日もこんな顔を見たな。



「お前…何を想像していた?」

由紀
「〜っ!先輩っ《黒笑い》出てますっ!」


「お前が面白い反応をするからだ」

由紀
「っ!わ、わたし!…!」


「…フッ」
(またキョドり始めたか。変な奴だ…)


 手を顔に当てたり、ヒラヒラと落ち着き無く動かしたり、まるで壊れた玩具みたいだ。


由紀
「も、戻ります」


「いいから此処に居ろ」

由紀
「で、でも…さっきは邪魔だって…?」


「…面白いから居させてやる。まぁ…別に戻りたいなら構わないが」

由紀
「………じゃあ、居ます」


「好きにしろ…それにしても酷い味だなコレ」


 空になった栄養ドリンクの瓶。

 目線の高さにかざしながら率直に感想を述べると、小さな笑い声が耳に届いた。


由紀
「お薬ですから。不味くて当然ですよ、先輩」


「…そうか」


 俺の返答さえ可笑しかったのか、由紀は「ふふっ…」と笑って上げかけた腰をコンクリートの地面に落とす。



「…そんな所に居ないで隣に来い。俺の顔より景色を見た方が楽しいぞ」

由紀
「…はい」


 そう言って素直に頷き、隣に移動したのを確認すると…俺はまた、空へと目線を移す。


由紀
「空…綺麗ですね」


「…俺の特等席だ。お前は特別なんだぞ」

由紀
「…嬉しいです」


 ただ、2人並んで空を見ているだけだが、これはこれでなかなか心地いい。

 会話などしなくても良いのだと、そう感じさせる心地よさに、自然と瞼が落ちていく。



「…」

由紀
「…」


「……」

由紀
「……先輩」


「…」


 浅い眠りに落ちかけていた俺は、由紀に呼ばれて目を開く。



「……なんだ」

由紀
「……あの…」


「…どうした?」

由紀
「あの…わたし……また、泣きそうです」


「……何故だ?」

由紀
「………わかりません」


「…そうか」

由紀
「……はい」


「………泣きたいなら泣けばいい」

由紀
「…でも、先輩が困ります」


「…この前は断りもなく泣いたくせに、よく言えたものだな」

由紀
「…覚えていらしたんですか?」


「人の涙を忘れられるほど…俺は冷酷にはできていない」

由紀
「だって、メールでは覚えが無いって…」


「……あれがお前の言う迷惑なのか。だったら勘違いもいいところだ」

由紀
「………」


「俺が何もできないだけなんだから、泣きたければ泣け。恥ずかしいなら見ないふりをしていてやるから」

由紀
「…先ぱぃ………っ」


「……」


 何が「迷惑」なのか…コイツは変な気を使う。

 泣かれれば確かに困るが、ただ泣きたい時に「泣くな」なんて、そんな事を言うものか。


 隣で静かに肩をふるわせ、ポロポロと雫を落とす小さな存在…

 俺はただ、黙って空を見ていた。






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