苦悩9




―――――――――side 一舞――――[CLUB.J.S]―――


「最近オーナーよく顔出すよな」

一舞
「え?」


 週末恒例のライヴイベントが終わり、静まり返った店内。片づけを終えたあたしがステージを下りると、帰り支度の整った涼ちゃんがすれ違いざまに呟いた。

 恐る恐るカウンター席を見遣ると、確かに最近よく見るメッシュ頭。


一舞「…?」


 しかし今夜はなんだか様子が違うようだ。

 とはいえ今は何よりも汗を洗い流したい。挙動のおかしい叔父さんはさて置いて、とにかくあたしは控室に向かった。














 数分後。

 シャワーを終え、控室から移動し、ホールに差し掛かる。すると何故か、まだみんなが残っているらしい声が聞こえる。

 不思議に思いながら進んでいくと、学ちゃんを取り囲むおかしな光景に出くわした。


一舞
「…どしたの?」

香澄
「あ、一舞」

??
「え!?」

一舞
「?」


 あたしの声に振り向いた香澄、その反応のすぐ後に聞こえた可愛らしい声。おや?と思った次の瞬間、学ちゃんを取り囲む集団の隙間から見えたその姿は…





一舞
「すずちゃん!?」


 真っ黒なショートボブにパッツン前髪、そのすぐ下で大きな瞳をクリクリさせた小さな女の子。

 五十嵐 鈴香、4歳。学ちゃんの一人娘だ。


一舞
「え?え?なんで?」

鈴香
「うん、がっくんがね、やよいちゃんから《こもり》しなさいってゆあれたから」

一舞
「…こ」


 《がっくん》とは父親である学ちゃんのこと。

 何のポリシーか、学ちゃんも弥生ちゃんも娘に《パパ》とか《ママ》とか呼ばせないのだ。

 それはそうと、こんな遅い時間に連れまわすなんてどうかしている。子守りって言ったって、弥生ちゃんがこんなこと許すだろうか?


一舞
「学ちゃん?」


「おー。すずがな?どうしても一舞に会いたいっつって聞かなくてよ…」

一舞
「…」

鈴香
「…よるおそくにおでかけはダメってゆあれたけど、かずちゃんとおはなししたかったから…わがままゆってごめんなさい」

一舞
「そっか…でも、弥生ちゃんが心配するといけないから今日だけね?」

鈴香
「うん!」

一舞
「!!」


 満面の笑みで返されて思いっきりハートを撃ち抜かれたあたしは…


一舞
「はぅ〜!ホントは会えてうれしいよー!」

鈴香
「はわっ」


 愛しさに耐えかねて、思い切り抱きしめてしまった。



「ははっ、力抜け。死ぬから」


「あんま学さんに似てねーよな」


「…」

美樹&香澄
「可愛い〜」


「蓮は違うとこ見てる系だな」

由紀
「よ、洋先輩」


 すずちゃんのおかげで何時にも増して和やかな店内。みんなの笑い声も優しい。

 あたしの頬ずりにワタワタするすずちゃんがまた可愛くて、しばらく遊んでいたんだけど。

 視界の端に映る学ちゃんが、やっぱりおかしい。

 ただ静かに事が治まるのを待っているような…。そんな雰囲気になんだか嫌な胸騒ぎを感じながら、誤魔化すようにはしゃいでいた。





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