苦悩6




―――――――――side 翔――――[純の部屋]――――


「おーい。ケータイ鳴っとるでー」


「はあ?」


 ライヴの準備がてら、久し振りに2人で飲もうかとやって来た純の部屋。ツマミを作る俺の耳元に携帯電話を押し当てられ身を捩る。



「ちょっ、どうせなら通話ボタンも押せって」


「ん?あーごめんごめん」


 誰からなのかは音でわかる。手が離せないのが残念なところだが仕方ないな。


一舞
『もしもしー?』


「あー。どした?」

一舞
『うん。いま忙しい?』


「大丈夫だ。純と飲んでるだけだから」


「…くくくっ」


「笑うな」


「あー、くくくっすいませんねー」


「悪い。で?なに?」

一舞
『あのね?今、店に学ちゃんが来てるんだけど』


「…うん」

一舞
『なんか様子がおかしいから何かあったのかな?って思って』


「あー…学さん何か言ってたか?」

一舞
『ううん。ドン引きなセクハラ発言されたぐらいで特には何も。でも気持ち悪い』


「きっ…あぁ、そうか…たぶんソレ、俺のせいだから気にすんな」

一舞
『でも気持ち悪いよ。みんなどう対応していいか分んなくて困ってるんだぁ』


「はは、なるほどな。と、ちょっと待っててな」

一舞
『あ、うん』


「ちょっと代れ」


「はいはいよっと」


「もしもし?ごめんな」

一舞
『うん、大丈夫』


 とりあえずのところでツマミ作りを純に任せ、ベランダに出る。

 それにしても学さんが店に現れたとは驚きだ。

 まさか本気で俺を出し抜くつもりなのか?そこまでして別れさせたいのか。

 一舞の様子はいつも通りで変わり無い。ということはまだ何も話していないのは明らかだが、こんな急かされる状況になるなんてまったく困った先輩もいたもんだ。



「これからライヴ?」

一舞
『うん。どうせなら翔も来てくれたらいいのに』


「そうだな。次は時間作るよ」

一舞
『…飲みながら打ち合わせ?』


「まぁ打ち合わせっつーか、同期の編集もあるし。前は透瑠と2人でやってたモンを純1人でやんのはキツイみたいだからさ」

一舞
『そっか…頑張ってね。あたしも頑張るし』


「…あー…のさ」

一舞
『なに?』


「次いつ休めそう?」

一舞
『え?定休日』


「あ、そうか。じゃぁ次の定休日に、また泊まれない?」

一舞
『……』


「ちょ、黙るな。そういう意味じゃ無くて、いやそういう意味もあるんだけど…」

一舞
『…なに?』


「ゆっくり話したい事がある…つーか…な?」

一舞
『…ライヴ前にモチベーション下がる。濁さないでハッキリ言ってくれないと会わないよ』


「まったく強気だないつもいつも…言っとくけどお前と別れる気は無いからな。それだけは覚えとけ」

一舞
『…わ、わかった。つーか話って何ー?』


「だから、電話越しに話す事じゃねーの。わかんねーかな」

一舞
『…超気になるじゃん。どうしてくれんの?』


「どうしよう」

一舞
『どうしようじゃねーから』


「もっと可愛く?」

一舞
『どんなのが可愛いのかな?』


「自分で考えろよ」

一舞
『あたしに可愛さを求めるのが間違いですけど』


「そうか?俺にとっては全部可愛くて仕方ないんだけどな」

一舞
『……』


「ん?どした?」

一舞
『それ天然?それともワザと?』


「俺はお前ほど天然じゃねーよ」

一舞
『ムーカーツークー』


「照れてないで素直になればいいのに」

一舞
『もーいいよ。翔のばーかっ』


「ははっ、愛してるよ」

一舞
『うっさい、もう切るよ!』


「はいはい。ライヴ頑張れよ…つーかまた電話して、寂しいから」

一舞
『…はぁい。切りたくないけど、忙しいからまたね』


「ん。よくできました」

一舞
『うん』


 その一言を最後に心地いい声が途切れて、無機質な機械音に切り替わる。携帯電話を耳から離した途端に軽い疲れを覚え、思いのほか緊張していたらしい自分に気づいた。



 俺の過去なんて知らないほうがいいかもしれない。今だけを大事にするのも間違ってはいない筈だし…ただ。

 一舞なら、それさえ包んでくれるんじゃないか…なんて甘えが、どこかにある。

 理解できなくても、許してほしい。そんな甘えが…。



        カラカラ…



「!」


 そっとベランダの窓が開く音がして振り返ると、ツマミを銜えた純が痺れを切らした顔で立っていた。



「もうええか?」


「ん…あぁ悪い。始めるか」


「おー頼むわ」


「…」


 学さんはすでに一舞に接触している。

 間に合うか…?

 間に合うといいが…どうだろうな…。




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