苦悩5 慎一 「(ほら、早くなんとかしないとっ)」 一舞 「(はぁ!?だってあんなのあたしにどうしろって…!)」 ホールの入口までやって来たものの、あまりに異様な光景に出ていくタイミングを見失ったあたし達は、影に隠れてコソコソと揉めている。 だいたい学ちゃんがいつもと違うからって何故あたしが駆り出されなきゃならないのか納得いかない。べつに大人しいだけで害は無いのだから、そっとしておいてあげれば良いじゃないですか。 慎一 「(だから綾が困ってるんだよー!友達なんでしょー!?つーか俺らにどうこう出来る相手じゃないんだからさぁー!)」 一舞 「(んなこと言ったってー!!)」 綾が困っているのは見て取れるけど、いつもいつもセクハラな会話のキャッチボールを求められて邪魔に思っていたくらいなのだから、放置できるこの状況なら問題無いはずだと思うんですが。 慎一 「(学さんが入って来た辺りから、キモいキモいって俺にメール寄越すんだってば。なんかある意味スゴイ威圧感がビシビシ来るんだって)」 一舞 「(えー…?)」 なんなんですかね…大人しい学ちゃんは、騒がしい時より迷惑ってことですか。なんかそれはそれで可哀想な気もするんだけど…。 どうやらあたしが選べる選択肢は用意されていないようで、いつもはのんびりした慎ちゃんの目がキリッとコチラを見据えて離さない。いくら大事な綾のためとはいえ、少しはこっちの都合も考えてもらえないものか。 一舞 「はぁ…わかったよ…」 こうなったらどうにかするしか無いのでしょうということで、意を決してホールに足を踏み入れる。 学 「おー!お疲れ!調子はどーよ!?」 一舞 「…」 綾 「は…?」 慎一 「え…?」 学 「あ?なんだ?間抜けな顔して」 一舞 「…うん…別に。っていうか何しに来たの?」 学 「うわ、相変わらず冷てーなお前は…ふはっ」 一舞 「…」 気持ち悪いです叔父さん。 先ほどまでの魂の抜けきったような姿は何だったんですか。あたしを見た途端、一瞬で元通りとか意味がわかりません。 おかげで綾も慎ちゃんも、訳が分からないという表情で固まっている。 当の学ちゃんは、いつも通りの横柄な態度で椅子に腰かけこちらにニヤリと笑いかけている。 いったい何でしょうコレは。ある意味怪奇現象だな。 学 「少し会わない間にずいぶん雌臭くなりやがってこの不良娘がよ!」 一舞 「…」 (うーわっ…) 綾 「め…うわ…」 綾がドン引きです叔父さん。 一舞 「はいはいセクハラで訴えますよー。っていうかそんな事ばっか言うんなら帰れハゲ」 慎一 「は…」 学 「はははっ!ハゲてたまるかっ!」 一舞 「つーか何しに来たんだって言ってんじゃん。用事が無いなら仕事戻るよ?今忙しいの。アナタのお店のためにみんな頑張ってんの。わかる?」 学 「あーワリィワリィ、はははっ。いやちょっとな、お前に飯頼もうと思って来たんだよ。会えて良かった」 一舞 「…あー、そう。まぁ約束も無いし良いけど、弥生ちゃんは?」 学 「野暮用で実家」 一舞 「ふーん。…わかった。じゃあ終わる頃にでも迎えに来てよ」 学 「なんだよ、俺にはライヴ見せない気か」 一舞 「綾の邪魔しないように客席に居てくれるならいいよ」 学 「邪魔なんかしねーよ。つーか俺ここのボスなんだけどな」 一舞 「今は弥生ちゃんがボスですが」 学 「あー」 一舞 「てかせっかく顔出したんなら、みんなの様子見てきたら?邪魔にならないように」 学 「…そうだな。そうするわ」 一舞 「…」 無理をしている。それはわかった。でもなんで? 何時にも増してドン引きなセクハラ発言も、妙に元気な相槌も、変に素直なところも。やっぱりおかしい。気持ち悪い。 すれ違い様に聞こえたため息も、いつもの学ちゃんには無いものだ。 単純に疲れているだけなら何とかしようも無いでもないけど、なんだかそれも違う気がする。 (どうしよう。後で翔に聞いてみようかな…) Novel☆top← 書斎← Home← |