不安9




 午後3時半。

 ライブ前のミーティングがあるからってことで、少し早めに店に向かう。


 本当はまだ、翔と一緒に居たかったけど。レコーディングが長引いたら大変だし、合宿に戻ってもらうことにしたのだ。

 実際、学校で先生やってる分、仕事は溜まっているはずだし。



「…もう少し休んでからの方がいいんじゃねーのか?」

一舞
「…」


 あたしの膝に触れながらそう言って、心配してくれているのは嬉しいことだけど。

 せっかく脳内が平和な状態に戻りつつあったのに、ここでまた体の重さを自覚させることないじゃないか!

 と、ちょっと怒りたい気分。

 まったく誰のせいですか。


一舞
「大丈夫。ぜんぜん平気」


「そうか…別に、まだゆっくりしててもいいのにな…」


 ダラダラとハンドルを操作しながら、ウィンドウの縁に頬杖をついているその表情は、ちょっと拗ねているようにも見える。

 少しは寂しいと思ってくれてるんだろうか。


一舞
「しっかり良いもの作りあげて、もっと時間作ってね?」


 翔の顔を覗き込むようにそう言うと、仕方ないなと小さくため息をつく。



「…わかった」


 ほんの一瞬目線を向けて、了解の返事をくれたけど、納得はしてくれていないらしい。

 大人だとばかり思ってたけど、こういうところはそんなに違わない部分もあるのかな…なんて、また少し嬉しくなった。


一舞
「…寂しいのなんか、今だけだよ」


 ニッコリ微笑みながら、どこかで聞いたような台詞を言ってみる。



「っ……お前」

一舞
「ふふ。なぁに?」



 ちょっとだけ頬を赤らめて、照れくさそうに睨んでくるその顔がまたツボだ。

 翔という人が、こんなに可愛い生き物だったなんて知らなかった。




「俺の台詞そっくり返しやがって」

一舞
「ふふっ、ざまぁ」


 車で行くにはそれほどの距離じゃない店までの道。

 傍らでこともなげに握られた手が、あたしをどんどん幸せな気持ちにしていった。

















 数分後。

 店に着くと、翔は車から降りることなく合宿に戻って行った。


 車が見えなくなるまで見送ってから店に入ると…





「おっす」

一舞
「わ、早いね」



 カウンター席で既にまったりしている涼ちゃんに出会った。



「…送ってもらったの?」

一舞
「うん」


 上機嫌でニコニコしているあたしをマジマジと見て、なんだかおかしな表情を浮かべている。


一舞
「……なんすか?」


「なんすか?じゃねーし」

一舞
「…は?」


「………お前…まさか」

一舞
「なに?」


「まさか…お前…」

一舞
「…」


 さっきからいったい何なんでしょうか?

 《お前》と《まさか》を繰り返す変な人。

 それって…何かの呪文ですか?





「…………つーか報告」

一舞
「…あ」


「一応、心配してたんだぞ」

一舞
「…あ〜」


「……」

一舞
「…………でも。良い報告は聞き流すんでしょ?」


「………あー」

一舞
「…ね?」


「………やっぱりな」

一舞
「わかってたなら聞かないでよ」


「…いや、ちょっと確認したかったんだよ」

一舞
「は?なにを?」


「急にフェロモン出てるから」

一舞
「はっ!?」



 ニヤリと笑みを漏らす涼ちゃんの顔。

 きっと悟られたんだとわかって赤面する。







(もー!なんでそんな事ばっか勘がいいのさ!信じらんない!)





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