不安5




―――――――side 翔

(…遅くなっちまったな)


 歌入れは予定通り一曲だけで済んだものの、その後 学さんに捕まって、危うく泊まり込みさせられるところだった。


 今日は一舞が待ってるから。


 そう言ったら、鬼の形相で拳を振り上げてたな…。

 アキラさんが制止してくれなかったらまた、青あざが1つ2つできていただろう…学さんの顔に。


 今日の俺は、黙って学さんに殴られてやるほど寛大になれる気分じゃない。

 あの、赤髪の塊が2つ屋上で重なる光景が、まだ鮮明に脳裏に貼り付いているのがその原因だと思う。

 誰かに八つ当たりなんかしたくないが、気分が悪すぎて自分で整理がつかないから、面倒なやりとりはなるべく避けたいんだ。










 時刻は深夜1時を過ぎ、ようやく家に帰り着く。

 ガレージに車を停め、玄関に入ると…仄かに香る残り香。



「…………」


 家の中の空気が変わっていて、一舞が来ていることが解る。


 一舞が居る。そう思った途端、俺の体は勢いを増して、心成しか軽くなった足が階段を駆け上がる。








       ガチャ!







 自分の部屋の扉を開けると、明かりが灯った室内で、綺麗にたたまれた洗濯物に
埋もれて眠る一舞の姿があった。



「………」



        ギッ……


 ゆっくりとその寝顔に近づく足が床を軋ませて…そんな物音にも目を覚まさない一舞に吸い寄せられるように進む。





(……前にも、こんな事あったな)


 あれは確か…涼と一舞が揉めて、一舞が大泣きした時。

 何故かわからないが、真っ暗なこの部屋で、一舞がこうして眠りながら待っていてくれたっけ。


 あの時気づいたんだ…どうしようもなく、一舞を好きになっていた自分に…。




 そんなことを思い出しながら、眠る傍らに跪く。


 部活で疲れきっていたのか、まるで起きる気配が無い。

 ぐっすりと眠るその寝顔にそっと触れ…あの頃よりも、もっと、ずっと…一舞を愛しく感じている自分を自覚した。


 しっとりとした白い頬に触れていた自分の指を離し、代わりにキスを落とす。







一舞
「………ん…」


「………」

一舞
「………翔?」


 俺に気づいた途端、寝ぼけ眼でニッコリと微笑み、そのまま俺の首に腕を回した。


一舞
「…おかえりなさい」


「……………た…だいま」

(……俺…)




 ただ首に腕を回されただけだ。

 どんな相手でもするような抱擁だ。

 なのに俺はそれだけで、もう癒されている…。



(……凄いな)



 部活明けのライブハウスの匂いと、一舞のシャンプーの香り。それに包まれるこの瞬間をどれほど待ち望んでいたのか、想像以上に安らいでいる自分に驚いている。

 さっきまでのグチャグチャした思考もすっかり消え失せ、全身の感覚がすべて、一舞の温もりを感じて包み込まれている。


(……もう無理だ)


 どんなに格好をつけたところで敵わない。

 一舞の前では、俺は、もう………




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