不安4




 しばらく無言のまま歩き続けて、翔の家の前で涼ちゃんと別れた。




「明日、報告しろよ」

一舞
「え〜?なんでぇ?」


「心配してやってんだから報告は当たり前」

一舞
「保護者か」


「保護者だ。つーか良い報告は聞こえないフリすっけどな」

一舞
「ふはっ」


 冗談を言っているようで、でも涼ちゃんの顔はいたって真剣だ。



「まぁ、もしフラれるようなことになったら、俺が慰めてやるから安心しろ」

一舞
「ふっ、はぁーい先輩」


「先輩言うな」



 最後の言葉は、冗談か本気かわかんないけど、心配してくれてるのはすごくわかる。

 友達らしく、笑いながら手を振って、アッサリと背を向けて歩いていく後ろ姿を…申し訳なさとか有り難さとか、色んな気持ちを感じながら見送った。





 涼ちゃんの姿が遙か向こうの曲がり角で消えて。あたしは藍原邸の門をくぐる。

 すぐ脇にあるガレージのシャッターが、開けっ放しになっている事に気づいて中を確認する。


 翔の車は無い。

 まだ帰ってないんだ。


 一応家政婦時代から家の鍵は預かったままだから、入れない訳じゃ無いんだけど。時間的に泊まることになりそうだし、一応…ママかパパに声かけたほうが良さそうな気がして自分の家に戻る。


一舞
「ただいまー」


「おお!お帰り」


 玄関を開けると、お風呂上がりのママがリビングの扉に手をかけて立っていた。

 あたしもビックリしたけど、ママも結構驚いた顔してる。

 だけどすぐにフッと笑って



「……どうしたんだ?不良娘」


 優しい笑顔。


一舞
「あ、うん……これから翔と会うから、ママに言ってからのほうが良いと思って」


「………」


 あたしの言葉にママは目を丸くして、また少し驚いた表情を浮かべている。


一舞
「……えっと…だから」

(何かおかしかったかな?)


 あんまり変な顔をするからちょっと不安になって、次の言葉に迷った。




「……あぁ…なるほど」

一舞
「…?」


「…今夜は翔と寝るのか」

一舞
「なっ!?ちょっ!言い方!!」




 なんて母親!

 ニヤニヤと意味あり気にあたしを見ている顔がまた信じられない!




「わかったよ。早く会いに行ってやれ」



 赤面するあたしを、面白いモノでも眺めるような目で一瞥して、ママはリビングに入っていった。
















 気を取り直して、自分の部屋でお泊まり道具を用意する。

 バッグにメイクポーチとか細かい物を詰めながら、ママの言葉が頭から離れなくて、熱くなって元に戻らない顔をペチペチと叩く。

 誰も見てないのにとにかく恥ずかしい。

 無断外泊すればよかったとか思っちゃうくらいだ。



 そんなこんな、なんとか準備も整い、軽く纏めた荷物を手に改めて藍原邸に向かう。



 門をくぐって。大きな玄関から中に入り、翔の部屋に向かう。

 そういえばあたしはまだ一応家政婦なんだよね。

 家主が留守だから、合宿前のミーティング以来入ってなかったけど…あたしが来ない間も、まるで誰かが掃除してたみたいに、広い豪邸の中は綺麗だ。

 ガラス扉から見えるリビングは、みんなが集まるようになって、翔が張り切って改装して以来、シンプルなインテリアがそのまま置かれている。そしてここもやっぱり、時々誰かが来てるみたいな雰囲気がある。


(翔が自分で?)


 まぁ、あの人なら出来ないこともないから、当然なのかもしれない。


 階段をのぼりながら、一緒に過ごしていた頃の、翔の手際の良さを思い出していた。

 そうなんだ。油断してるとあたしの仕事が無くなっちゃうくらい、翔は家事に慣れていた。

 だから、初めて会った頃の廃墟のようだったこの家が、そこで暮らしていた彼が、不思議でならなかった。






       ガチャ…







 ドアノブの金属音を響かせ、翔の部屋に入ると、懐かしいような安心するような…翔の匂いがする。

 あたしはゆっくりと扉を閉め、広い室内の隅に置かれたベッドに座った。

 相変わらず何にも無い、散らかるような物すら無い部屋。

 よく見回してみると、やっぱり時々帰ってるらしい雰囲気が目に留まる。

 机の上には書類や本が乱雑に置かれているし、シャワー室の前にはバスタオルが乱雑に干されている。


一舞
「……あ、洗濯物」



 つい独り言が漏れたのは、乱雑に干されたタオルの向こうにある大きな窓。その向こうにあるテラスに、洗濯物がなびいていたから。


一舞
「……いったい、いつ取り込む気ですかね?」


 もう真夜中だ。

 どうも乾燥機が嫌いらしいけど、外に干しっぱなしだなんて…その不器用な頑固さが、なんだか可愛らしくて笑ってしまう。


 あたしは、真夜中のテラスで風になびく洗濯物をサッと取り込み、この洗濯物を干していた翔の姿を思い浮かべて、1人ニヤニヤしながら、一枚一枚丁寧にたたんでいった。



 シャツに靴下、先生コスの数々が、次々に傍らに積まれていく。


 翔は今、どんな気持ち?

 あたしは…


 早く会いたいよ…







 会いたくて…

 会いたくて会いたくて…


 たまらなくなったよ…



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