不安1




―――――――side 涼

(大丈夫かな…)


 ライブの準備を進める部員たちを、まるで縁側で茶をすする爺さんのようにカウンター席で眺めながら、そんな不安が脳内を占拠している。

 事件の中心に居るはずの一舞は、由紀ちゃんとニコニコ談笑しながら機材をステージに運んでいる。その姿がやけに腹立たしいというか、意味がわからない。


(つーかお前、もっと取り乱すとか落ち込むとか無いのかよ)


 昼間。教室の窓から見えた光景と、時間が止まったかのように立ち尽くしていた翔くんの姿。それを思い出すと物凄く心配だ。

 とっさに引き止めた翔くんは、まったく問題なさげな顔をして『心配するな』…って言ってたけど…


(アレはぜってーやべー…)


 とりあえずあの後、前もって詫び入れるように祐弥には言っておいたんだが、余計なお世話だったりしたらどうしようか…。


 俺が知る翔くんは、前もって謝れば寛大に許してくれるタイプだと思ってる。

 ただ…今回の事が許容範囲内かどうかは望み薄だ。


(祐弥…生きて店に現れるかな…)



「涼ちゃん先輩、どうかしたんすか?」


「…え?」


 カウンターの向こう側から、パソコンに向かいながら綾が話しかけてきた。



「なんか、喧嘩中の彼女を待ってるみたいな顔なってますよ」


「…どんな顔だよそれ?」


「さぁ?」


「……」

(そういえばコイツも、今はなかなかツラい時期なんだよな…)


 毎週のライブのプロモーションに奔走したりして綾本人も忙しいし、彼氏の慎一は俺から引き継いだ部長業と、生徒会長として校内イベントの前準備で自分の時間すら無くなってるだろうから…。



「そういや慎一、部長が板についてきたよな」


 物腰こそだらけて見えるが、本質は俺なんかよりずっと仕事ができるタイプだ。

 俺は本気で誉めちぎりたい気持ちで言ったんだけど…



「そっすか?」


 謙遜なのか?ノロケもしねぇ。…綾らしいな。



「お前はキツいだろうけど…悪いな」


「あぁ、まぁその辺は…ちょっと恨みますよ」


「恨むなよ怖ぇな」


「だって、四六時中、部長と生徒会長やってんすから…カレカノらしいこと全然無いんすよ」


「アイツ…ああ見えてクソ真面目だもんなぁ」


「まぁ…そこがいいんすけどねぇ」


「ふっ」

(…やっとノロケたな)


 笑いながら、コッチを向かずにキーボードを叩く綾。本当は寂しいだろうに。


(つーか俺最近、他人のことばっか気にしてんな……枯れてきたか?)


 なんだか、自分が年寄りみたいに感じて少し凹む。

 一舞と別れてからホント女っ気無いもんな俺。

 なんだかんだ俺に目をつけてるらしい女も、昔つまみ食いした女も。何かっつーと連絡よこすけど、興味なんか湧かねーし。


(しばらく独りもいいかもな……なんつって)


 心配に疲れてくだらないことを考えていたら、ギィ…っと扉が開く音がした。

 その音に反応するように、無意識に店の入り口を見る。



「あ…」

祐弥
「お…お疲れっす」


 扉が開いた店の入り口には、青ざめた顔の祐弥が、今にも倒れそうな表情で立っていた。

 俺は思わず駆け寄って、その両肩をガッチリと掴む。


(いったい何されたんだ?)


 殴られたような痕も無いし、青ざめている以外に異常は無さそうだだけど…酷く怯えて見える。



「大丈夫か!?」

祐弥
「…まぁ……おかげさんで…なんとか生きてますわ」


「…そ…そうか」

祐弥
「涼さんが忠告してくれへんかったら俺…死んでたかもしれへんなぁ思いました…」


「…」

祐弥
「…確かに俺が悪いんやけど……あんな恐ろしい人…初めて会うた」


「…」

(まさかアレか?…)


 ここまでの恐怖を植え付けるものって言ったら…めったにお目にかかれない翔くんの悪魔バージョンだ。

 やっぱ相当ムカついてたらしいな…でも殴りもしないってのは珍しい。



「け……怪我が無くて、良かったな」

祐弥
「いやいや、完全なトラウマですよ。むっちゃ恐ろしいねんもん。今は教師やけどどうにでもできるぞとか言わはるし、殴るより効果的や言うて首根っこ掴みよるし」


「…うわ」
(なるほど…)

祐弥
「車から放り出されるまでの間、どうしたらええんかわかりませんでしたよ俺…」


「ま、まぁ…翔くんがMAXで拳振るったら、ただ怪我するだけじゃ済まねーからな。良かったわマジで…」

祐弥
「……」


「…ん?」



 この後しばらくの間、祐弥は口をきいてくれなかった…。




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