赤髪5




一舞
「はぁ…」


 ため息が1つ、あたしの口から零れた。


(うん…なんかよくわかんないけど、もういいや)


一舞
「はい!仕切り直し!」

祐弥
「はぁ?」


 しょんぼりとしながらも、後頭部とおでこに怪我が無いか確かめるように触っていたその彼の襟を掴み、フェンスの方へと引きずり戻す。


祐弥
「ふぉあ!?えっ?あぁ〜ちょーまてまて、なんじゃこの扱いはぁ〜!」


 引きずられながら抵抗もせず情けない声を出している。

 初対面の時の威勢の良さは何処へやらって感じだ。


一舞
「うっさいボケ」

祐弥
「うわ、も〜なんやねんな〜」





 …フェンスのところまで戻ると、掴んでいた襟を離し、隣に立つ。

 下に座り込んだまま、乱れたシャツの襟を無言で直している祐弥くんを見やって、あたしは思い出していた。

 夏休みの合宿……真夜中のリビングで、翔にキスしてしまった自分を…。


一舞
「ねぇ…今のって無意識なの?」

祐弥
「…は?………ん…まぁ…そうとしか説明でけへん、な」

一舞
「……………まじか」

祐弥
「まじかて何や。ほんでさぁ……そんな可愛らしい顔してなんでそんなガサツなん?むっちゃ怖いんやけど」

一舞
「がっ、ガサツとか言わない!これはあたしの武器なんだから!」

祐弥
「うぁ?…武器?」

一舞
「……」

祐弥
「…?」

一舞
「子供の時から………誰にも負けられなかったから」

祐弥
「…??」


 言っている意味がわからないらしい祐弥くんの、その視線に促されるように、口が勝手に滑っていく。


一舞
「物心ついた頃から、男の子によく虐められたんだよ。髪の毛の色がおかしいって指差して笑われたり、妖怪だとかなんだとか言われたり…」

祐弥
「………」


 子供の言葉は残酷で容赦が無い。そして、そんな小さな目に映る他とは違う色は、攻撃するには充分な対象になってしまうものだ。


一舞
「この髪は生まれつきだし、ママがいつも誉めてくれてたから気に入ってた。だから隠したり変えたりするのは違う気がしたし、髪の毛引っ張って思いっきり抜かれようと、ハサミ持って追いかけまわされようと、化け物扱いして殴ってきたりするやつが居ようと…負けるのは嫌だった」

祐弥
「………………」

一舞
「どんなに悔しくても、悲しくても、痛くても。そいつらの前で泣いたりするのは嫌だったから…」

祐弥
「…………………………」

一舞
「そうすると、こういう女が出来上がったってだけ」

祐弥
「…………そうか」

一舞
「…うん。そうだよ」

(まったく…あたし、なんでこんな話してんだろ…)


 フェンスに張られたネットに指を掛け、そこから見える景色を眺める。


(はぁ、失敗…。昔の事を思い出すと、凄く嫌な気分になるんだよね…)


 スッ…と衣服が擦れる音がして、祐弥くんが立ち上がったのだとわかる。

 彼に視線を向けると、制服についた埃を払い、フェンスにもたれかかった。そして手のひらを確認し、制服に擦り付けると、その手があたしの頭に触れた。


一舞
「………何?」

祐弥
「……何が?」

一舞
「…この手だよ、この手」


 あたしの頭に置かれた手を指差すと、また照れたように目元を染める。


(照れくさいならやらなきゃいいのに…)


 とは言え、どうも男子に頭を撫でられることが多いらしい自分までもが、不思議に思えてきてなんだか可笑しい。


祐弥
「あー、アレや。可愛いなぁ…とか思て撫でてみたくなってん」

一舞
「…無意識じゃないんだ」

祐弥
「じゃ、無意識ってことにしといたって」

一舞
「ふっ、なにそれ」

祐弥
「…子供の頃だけ?」

一舞
「……まぁ…そういうのは子供の時だけ」

祐弥
「そういうのは…て、引っかかる言い方すんなぁ」

一舞
「まぁ…色々とあったんすよ」

祐弥
「……ふぅん」

一舞
「………だから、今が凄く幸せなんだよ」

祐弥
「………うん」

一舞
「……ね?…いい友達になれそうでしょ?」

祐弥
「ほんまやな」



 笑い合うイトコ同士。

 柔らかい風になびくお揃いの赤い髪の毛が、やっぱりなんだか嬉しい。


(もし兄弟がいたら、こんな感じなのかな…)



祐弥
「…ほんで?あの大人な彼氏とは、どないなキッカケでくっついたん?」

一舞
「…ノロケ聞きたいの?」

祐弥
「聞かせてくれや〜。あんなイケメンそうそうお目にかかれへんで」

一舞
「あー、ははっ、だよねー。あたしもたまに、夢見てんじゃないかと思うもん」

祐弥
「あははっ。マジで夢かもしらんな。なんつって」


 飾り気の無い笑顔。

 あたしと会えたことを、話せることを、喜んでくれている。


 最初が凄く不安だっただけに、こういうのって嬉しいな…。




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