波紋11




―――――――――――side 一舞

 昨夜からずっと…なんだかうまく頭が働かなくて、今のあたしは授業どころじゃないらしい。

 みんなに心配をかけている。それはわかる。だって仕事中なのに翔が来てくれてるし……ダメじゃん。


一舞
「……ごめん」


「謝る必要ないだろ。つっても、時間無くて悪いけど…何か話したいなら今のうちに話せよ」


 あたしの手を握って優しくそう言ってくれる。でも…


一舞
「仕事……戻って」


「…じゃあ安心させて」

一舞
「……」


「……ほら」

一舞
「…うん…大丈夫…………ちょっと驚いてるだけだから」


「…まぁ…驚くよな」

一舞
「…うん……だって全然、想像してなかったんだもん」


「…そうだな」

一舞
「……でも…悲しいとか、そういうんじゃなくて…………なんて言ったらいいのかな。……真実を知れたことは、嬉しいんだよ」


「………うん」

一舞
「…お父さんがどんな人で、何て名前で、何をしてた人なのか…ちゃんとママが幸せだったのか…それが知りたかったから」


「……」

一舞
「……でも…これから先も会えないなんて…思ってなかった」


「………うん…」


 小さい頃の記憶なんて曖昧だけど、父親がいないことで何度もからかわれたり噂されたり…色んな事を言われた。

 あたしはそのたびママに尋ねた。…あたしの本当のパパはどこに居るの?どんな人で、何をしてるの?どうして一緒に居られないの?って…。

 ママの答えはいつも…『あたしがパパの分までお前を大切にしてるから大丈夫だ』それだけだった。

 それじゃ答えになってないよ…って泣いたこともあったかもしれない。でも今ならママの気持ち、わかる気がするんだ。

 だって…結婚するはずだったんだよ。それほど好きな人だったんだよ。なのに、消えちゃって…

 残ったのはママの気持ちと、あたしだけ……

 どんなに悲しかったか…どんなに苦しかったか…

 それなのにそれを言葉にするなんて、辛すぎる…。



「………」


 翔はまっすぐあたしを見つめて、あたしの言葉を待ってくれている。

 優しくて、温かい。大好きなこの人をもし……永遠に失ったとしたら?


一舞
「……っ」


「……大丈夫。泣いてもいいよ」


 あたしは翔が傍に居てくれると、我慢するどころか、自然に泣けてしまうようにできているみたいだ。そして翔は、そんなあたしでも、嫌がらずに宥めてくれる…。


 ただ泣くだけの子供みたいなあたし…そんなあたしを見ても嫌がらず、優しく包んでくれる、優しく涙を拭ってくれる…手を握っていてくれる…。

 この手をもし失ったとしたら…そんな恐怖感を抱いてしまうのはおかしいかもしれない。でも、失いたくない。消えてほしくない。

 今触れている手の温もりを離したくなくて、翔の手を両手で握り返した。



「………」


 翔は黙ったまま、周りも気にせずあたしの頭を撫でて、そのまま抱きしめてくれた。


一舞
「………っ」

香澄
「……」

由紀
「……ぅ」


「あれ、由紀ちゃんまで…?」

香澄
「…仕方ないでしょ」


「……」


 本当のお父さんが今、あたしの側に居ないのは仕方の無いこと。

 そう思えるのは、ママがその分あたしを大切にしてくれたから…。だから、龍二くんの事も《パパ》って呼べるし、ママさえ居てくれたらあたしはそれでいい。

 だからこれ以上、ママから何かを聞き出すつもりも無いよ。

 ママは充分苦しんだはず…だって、イメージしてしまっただけでこんなに悲しいのに、それが現実だなんて…。


(もしあたしがママの立場なら…ちゃんと生きていけたかな…)



「俺は…居なくなったりしない…」

一舞
「……?」


「絶対………約束する」


 耳元に、静かな声で囁かれた約束。


一舞
「……」
(…どうして?)


 どうして翔には何でも伝わっちゃうのかな…。


一舞
「……」


「…ん?…落ち着いた?」

一舞
「……………うん」


「……そうか」

一舞
「うん、だから……離していいよ」


「…もう少しこのままでもいいんだけどな俺は」

一舞
「…さすがに恥ずかしい」


「……そうか?」

一舞
「うん」


「なんだ……仕方ないな」



 絶対……なんて無いのかもしれない。でも翔がそう言ってくれるなら信じたい。

 あたしはゆっくり翔から離れて、笑顔を作って見せた。


一舞
「…ありがとう」


「…ん」


 翔は、安心した笑顔であたしの頬を触ってから、《先生》に戻って行った。


 涼ちゃんや香澄、由紀ちゃんにも、お礼とごめんを言った…。

 後は、また何時ものあたしに戻るから。

 心配させてごめん。

 帰ったらママにも、ちゃんと言わなきゃ…。




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