波紋9




―――――――side 祐弥

 HRが終わって、担任が教室から出て行った後、教室のドアのところに涼さんが来た。


(…きっと今朝の件やろな)


 そう思って涼さんの側まで移動…なるべく声をひそめて話しかける。


祐弥
「……アレっすよね」


「あぁ…とりあえず授業どころじゃ無いからって、香澄と由紀ちゃんが部室まで連れて行ったらしいんだけどさ」

祐弥
「…」
(…重症やな)


 そのまま涼さんと並んで部室へと移動を始めた。


 ゆうべ…一舞と最後の会話を交わした後、俺は客間に引っ込んだんやけど。夜中じゅう一舞の部屋の方からすすり泣きの声、ってか音?が聞こえててん。

 せやから今朝も、なんとなく一舞の顔を直視でけへん感じやって…気まずい空気が流れとった。

 ほんで思ったんは…華さんが正解やったんやな…ってことやねん。

 やっぱ母親の言うことは聞いとかなアカンねんな。まだ受け入れられる状態や無かったんかもしれんねや…。


 そんな後悔を独り繰り返しながらたどり着いた部室…涼さんは何ともなしに入っていかはるんやけど…


(つーかなんやこの部屋は!!部室〜言うから小汚いイメージしてたのに、なんでこんな豪勢な造りなっとんねん!)


祐弥
「…!…!」
(なんやこの学校どないなっとんねん!一部活動にこんなけ広い部室とか意味解らへんって!)


「祐弥!ドア閉めろ!」

祐弥
「ぅあ!?はい!」
(アカン…今はそれどころちゃうって俺…)


 部室に入ってドアをしっかり閉め、中央に置かれたソファーに座っている一舞に視線を向ける。

 一舞はデカい窓の向こうを見とる。その側にはチビっこい女子が2人…。



「…香澄」

香澄
「うん…全然ダメ。ずっとこの調子」

由紀
「こんな一舞ちゃん…初めて見ます」


「そっか………なぁ祐弥…ゆうべ何があったんだ?」

祐弥
「えー…と……実は…一舞の父親の事を教えたんっす」


「………父親?」

香澄
「……知ってんの?」

祐弥
「…まぁ……俺の住んでた実家は…その人が育った家やから」


「…あぁ……なるほど」

祐弥
「ただし…その人はもう居ないんすよ……この世には……」


「……」

香澄
「……」

由紀
「……」


 俺の言葉を聞くと、みんな黙ってしもた…。

 とにかく掻い摘んで話しただけではアカン思て、ゆうべ一舞に話した内容をさらに説明したけど…


(なんやろなこの感じ…)


……………

………





「…《篠原 一舞》!!…って!…俺、知ってる……!アレだろ?《Red taiL》ってバンドのスゲーギタリスト!!昔、CD聴かせてもらったことあるぞ!」


 涼さんが少々興奮気味に言う…。



「……まさか…その人が一舞の父親だったなんてな…」

香澄
「………涼ちゃん」


「…あ、ごめん」

由紀
「…一舞ちゃん」

祐弥
「…………」


 一舞は幸せやな。こんなけ心配してくれる仲間が居って……。

 ゆうべの一件で、忘れそうになっとった感情が再び湧き上がる。


 《一舞叔父さん》の血を継いどる一舞。

 名前まで貰って、音楽の才能も受け継いどって……仲間が居って、親にも愛されとって、彼氏も居る……。

 好きなだけ好きな事をやれる場所も、一緒に楽しめる相手も居るのに…今、父親が居らんのがなんやねん。居らんでもええぐらい幸せな環境やないか。

 そんな思いが俺の中で湧き上がり、今にも溢れようとした瞬間。

 1限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 少しの沈黙の後部室のドアが開き…入ってきたのは…


祐弥
「?」
(確か教育実習で来とる先生や…あの髪の毛はよう覚えとる…せやけど)

祐弥
「…なんで…?」



「香澄…説明してくれ」

香澄
「…うん」


 香澄ちゃんの隣にしゃがみこんで、事情を聞いているブロンド先生の姿が不思議でならない。


(実習生てこんな近い存在やったっけ?)



「あぁ……祐弥なら大丈夫だと思うから言うけど…翔くんは香澄の兄ちゃんで、実習に来る前から一舞と付き合ってんだ」

祐弥
「………え?」


 事情がわかったのか、一舞の手を握ってその顔を覗き込んでいるブロンド先生…。

 コレが…一舞の彼氏………


(あかん…限界や)



「………祐弥?」

祐弥
「!」


「!…って」


 自分の肩に触れる涼さんの手をとっさに払いのけ俺は…


祐弥
「…すんません」


「………」


 俺は…逃げるように部室を出た。


(…なんでや…なんでこんなに違うんや)


 グルグルと負の感情が渦巻く全身を、どうにか正常に保ちながら…中庭から軽音科の廊下に辿り着く。


(当たり前やろ。自分の親のことや、メンタル弱ってもしゃ〜ないやん)


 そう思う気持ちとは裏腹な、黒く濁っていく感情を…どうすることもでけへんかった。




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