波紋6




―――――――――――side 一舞

 あの後、シャワーから出たあたしを、何故か翔が待っていてくれた。

 思いもよらなかった幸せに綻ぶ顔を正すのも忘れて、店から家までの短い距離だったけど、久しぶりの2人の時間にまた幸せな気持ちになっていた。

 だけど翔は、あたしが車から降りるのを確認すると、案外あっさりした感じで帰ってしまった。

 そこにちょっとだけ不満になりつつ、「仕方ない」と自分を納得させて家に入る。


 玄関の扉を開けると視界に入ってきたママの靴。

(…帰ってるんだ)

 って安心した途端、目に飛び込んできた見知らぬ男物の靴。

 一瞬金縛りにでも遭ったように体が固まった。

 時刻は深夜…もうすでに日付が変わっている。だから余計に来客なんて不自然だ。良からぬ事態が起きているんじゃないかと頭に不安がよぎり、靴を脱ぎ捨てママたちの部屋へ向かって廊下を走り出した…けど。

 リビングの扉の前を通り過ぎたあたりで急ブレーキ。

 だって、リビングにママが居たのが見えたから。

 恐る恐る小窓からリビングの中を覗く…


一舞
「…え?」
(…あの髪)


 そこから見えたのは後ろ姿だけど、それだけで誰なのかくらい分る。


(なんで家に居るの?)


 そんな疑問に眉を顰めるあたしの姿に、ママが気づいたようだ。



『お、一舞おかえり』


 扉の向こうからあたしを見つけてママが手を挙げる。

 あたしは渋々ドアを開けてママに近づいた。


……………

………





「おかえり」

一舞
「…ただいま…てかなんで?」

祐弥
「……悪い…こんな時間に俺が居ったら驚くん無理ないよな」

一舞
「………」


「あらら…もう既に嫌われモードだな」

一舞
「………は?」


「そう睨むな…」

一舞
「………どういうことなのかちゃんと説明してよ。あたしは知らないのにこの人はあたしを知ってるみたいだし。わからないのは気持ち悪いよ」


「…まぁ座れ」


 あたしの真剣な声がわかったのか、ママはふざけるのをやめてそう言った。

 あたしは素直に従い、笹垣って人と向かい合う形でソファーに腰を下ろす。


祐弥
「俺は…一舞、さんの…実の父親の……姉にあたる人の息子…なんや」

一舞
「………」


 言葉を選びながらもハッキリと、あたしとは血縁者であることを言い切った。

 …っていうか実の父親?


一舞
「あたしの父親を知ってるの?」

祐弥
「……知らんのはアンタだけや」

一舞
「……そうだね」


 確かにあたしは、実の父親の事を何ひとつ知らない。

 たぶん…小さい頃に、ママに尋ねたことはあったと思うけど、なんとなくはぐらかされて終わってた気がする。


一舞
「…あたしの父親の事、教えてくれない?」


「………」

祐弥
「……ええよ」


 あたしの言葉に、少し迷うような素振りで頷いて、笹垣って人はゆっくりと話し始めた。


祐弥
「アンタの父親…名前は、篠原 一舞。…アンタと同じ字や。俺やアンタみたいな赤い髪しとって、背ぇが高くて、可愛らしい顔つきでな…優しい人やったて聞いてる」

一舞
「………」


「………」


 あたしの《一舞》って名前はママが一番好きな名前だから付けたって言ってた。

 …もしかしてこういう意味だったってこと?


祐弥
「職業は…有名なバンドマンやったて話や」


 …さっきから過去形で話してるけど何?


一舞
「………何よ…今は知らないの?」

祐弥
「………」


「………」

一舞
「?」

祐弥
「……叔父さんは。23歳の時に、事故で亡くなっとんねん」

一舞
「!……………」


 ………亡くなってる?

 ……もう居ない…の?


祐弥
「…俺も当然、産まれる前か直後くらいの話やから、当時の事は聞いた話でしかないねんけど。…華さんと結婚する言う話は決まっとったらしいねんて」

一舞
「…………」

祐弥
「せやけど、亡くなってしもたし…即死やって籍も入れられへん状態やったから…結局、アンタが腹に居ることはわかっとっても、どうにもでけへんかったらしいねん」

一舞
「………だから…あたしはママと2人だったんだね」


「…………まぁ…方法ならあったが。ただ戸籍に入るなんてことは、できなかったからな」

祐弥
「…大人の事情は難しいて解りたないけど、とにかく華さんは、一人でアンタを産んで、一人で育てて…何かあるたび祖母ちゃんに…アンタの写真を送ってくれとった。俺がアンタを知ってるんはそのおかげや」

一舞
「…そうだったんだ」


 じゃあママは…話さなかったんじゃなくて、話せなかっただけなのかもしれないな…


一舞
「………笹垣…何て言うの?」

祐弥
「…………祐弥」

一舞
「……祐弥くん。………その…お父さんの顔って見たことある?」

祐弥
「写真でなら……あるよ………。でも全然似てへんわ」

一舞
「……そう…」

祐弥
「ただ…さっきのリハーサルの時はちょっとだけ…音が似てる思たよ」

一舞
「……音?…聴いたことあるの?」

祐弥
「叔父さん…プロやったから。…てか家に音源ってか、デモテープみたいなんがしまってあってん」

一舞
「…音……」


 聴いてみたいな…。



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