波紋3




―――――――――――side 涼


「まったく広夢は…………仕事はサボるくせに女追っかけんのだけは必死だな」


 仕事に戻っていく広夢の姿を確かめながら、溜め息が漏れた。



「害虫除けが必要かもな…」


「…まぁこれで、変な嫌がらせは無くなんだろうけど。翔くんには教えといてやればいいんじゃね?んじゃ…俺は香澄んとこ行ってっから」


「まぁ…お前らが一舞専属SPになれば良いと思うけど…なんつって。じゃ俺も美樹送りだから、ばぁい」


「…」
(…好き勝手なこと言いやがって)



「……何アイツら……超感じ悪くね?」


「…いつもの事だろ。まぁ…嫌がらせだろうが下心だろうが、無くなるに超したことはないな。…さて、俺も由紀の手伝いしてくるか」


「……あっそ……………てかお前こそ、由紀ちゃんで良いんじゃね?」


 なんて。チューニングルームに向かって歩いて行く蓮の後ろ姿に言ってみたり。


(とりあえず俺も戻るか。兄貴…まだ居るかな)


……………

………





「おぉ、お疲れ」

透瑠
「いいライブだったよー」


「サンキュ」


 カウンター席には、まだ2人とも並んで座っていた。

 こんな風にライブを見られて、尚且つこんな風に迎えられるのは以前とは逆で。なんか照れるけど、まぁいいや。



「…てか、今控え室に一舞1人だよ」


「………何の報告だ?」


「…だから…行ってあげれば?…って報告?」


「………なんで」


「なんでって…立場上色々あるのはわかるけどさ…。こういう時くらい一緒に居てやってもいいんじゃないの?」


「………」


「現状知ってんの俺らぐらいだからな……一舞がフリーだと思ってる奴ら多いし。さっきも隙見て狙ってきた奴居たしさ。放置はマズいって」


「………」


 翔くんは少し困った表情を浮かべて、無言でその場から移動を始めた。


(そうそう。そうやって少しでも側に居てやってくれよな)


 翔くんの背中を見送る視界の端。ふと、ニヤニヤ俺を眺めている兄貴の視線に気づいた。



「なんだよ兄貴…」

透瑠
「ん〜?…べつにぃ」


「つか明日一次だよな…呼び出しちゃって本当に大丈夫だったのか?」

透瑠
「まぁ…お兄ちゃんは天才だからね」


「…あー、そうっすね」

弥生
「よく言ったな」


「!」





透瑠
「あ!弥生さぁん♪」


 さっきまで落ち着いて話していたかと思えば兄貴は、弥生さんが視界に入った途端にクネクネとし始めた。



「うわ!やめろよ気持ちワリぃ!」

弥生
「あっはっはっはっはっ!気持ち悪いってよ」

透瑠
「ったく涼は堅いんだからぁ〜」


「はぁ?」
(堅いとか柔いの問題じゃねーし!)


弥生
「調子良さそうだな透瑠。優勝出来そうか?」


 クネクネする兄貴を気にもとめず、弥生さんは優しい笑顔でコンクールの話題に…なのに兄貴は…


透瑠
「優勝したら、結婚してくれる?」


 …馬鹿なのか?


弥生
「悪いが亭主持ちだ」

透瑠
「わかってるよそんなこと〜!嘘でも乗ってくれたら気合いも違うのにぃ!」

弥生
「ふははっじゃあ優勝したら結婚しようか?嘘だけど」


「…」
(って、弥生さんもノリノリかよ)

弥生
「そういえば…翔はどこ行ったんだ?帰ったのか?」

透瑠
「ん?あぁ……充電しに行ったみたい」


 いつも通り、急に落ち着いた雰囲気を醸し出す奇怪な兄貴。その口から出た《充電》の二文字。

 翔くんにとっての充電なのか、一舞にとってのものなのか……まぁ…仲良く居てくれるなら俺は安心だ。


(…ん?…そういえば笹垣とかいう奴が居なくなってるな…どこ行ったんだ?)



「…なぁ兄貴」

透瑠
「ん〜?」


「さっきまで此処に居た一舞みたいな赤髪の男子知らねー?」

透瑠
「……」


「…?」

透瑠
「…俺、男子には興味ないよ」


「…そういうことじゃなくて」

透瑠
「え〜?一舞ちゃんみたいな髪の毛ぇ?…………あぁ…でもそれなら、翔が気にしてたかも?」


「……で?」

透瑠
「…で…そんだけ」


「なんだよそれ」

透瑠
「一舞ちゃん見に来たのに男なんか目の毒」


「ふざけんなバカ兄貴」

透瑠
「ふふっ、まぁ…涼が言ってるその子も真剣に観てたから、邪魔出来なかっただけじゃないの?」


「…………ふぅん」
(そんな真剣に観てたのか…)

弥生
「ソイツなら…リハ終わりぐらいに迎えが来て帰ったぞ」


「迎え?…って誰が?」
(親…?いや、まさかだろ)

弥生
「……お前なら、まぁいいか…………姉ちゃんだよ」


「え、華さんが?…いったいなんで」

弥生
「一応、親戚みたいなもんだからな」


「……し…」
(親戚?笹垣と…一舞が?)

弥生
「まぁ…一舞は何も、知らないんだけどな」


「………」

透瑠
「なんでまた…?」

弥生
「…色々と事情があるんだよ」


「………」
(事情…って何だ?)


 華さんは知ってるのに、一舞は知らない親戚…のような存在?



 ……なんだそれ?




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