波紋1





「あっちー!」


 畳の上に寝転がりながら、照ちゃんが裏返った声を発した。

 ライブ終了後の控室。未だ冷めない興奮が、ハシャぐ声を大きくする。



「あの熱気はヤバかったね。夏だっつーのにバカばっかだなー。あははっ!」

一舞
「ヤバいマジ楽しかったー!」


「あー…ハッチャけすぎて喉やべー…」


「…俺も」


 《Babies'-breath》の御披露目ライブは、綾のプロモーションのおかげで超満員。その盛り上がりは過去最高と、オーナー代理からの称賛を貰えるほど大成功に終わった。

 そんな達成感と興奮冷めやらぬあたし達は、お客が出払うのを待つ間、一旦控室へ引っ込んだ。



「…ほら」

一舞
「え…?」


 突然、目の前にタオルらしき何かを差し出され、少し驚いた。けれど…それが蓮ちゃんからのレディーファーストだとわかると、笑顔で突き返す。


一舞
「あたしは最後でいいよ。まだ機材の片づけとかあるし」


「……」


「そんなん今日くらいサボったっていいじゃん」

一舞
「ダメだよ。学ちゃんとの約束だもん」


「っはー、まっじめなんだからもー…蓮くん、残念だったね。でも君の優しさはしっかりとポイント還元されてるはずだよ。なんつってー!はっはー!」


「…まったく、煩いやつだな貴様は」

一舞
「ごめんね、ありがと」


「構わない。…仕事が終わったらすぐに入れるようにしておく」

一舞
「あっは、ありがとー」


 なんですかね?まるで旦那の帰りを待つ妻みたいなその段取り。

 あたしが笑うと、蓮ちゃんは少し照れくさそうにしながら顔を背けてしまった。声が出しづらいせいなのかそれ以上は何も言わず、振り返りざまに照ちゃんを蹴り上げる。



「いってー!なんだよ蓮!!」


「後が閊えている。さっさと支度を始めろボンバヘッド」


「っはぁ!?…もー…勘弁してくれよ」


 元々の温厚さからなのか、疲れているからなのか、蹴られてもそれほど怒る気配のない照ちゃん。攻撃を仕掛けたはずの蓮ちゃんは、既に興味を無くしたかのようにソファーに腰を下ろした。



「あ、じゃぁ俺先に使うわ」


 そう言ってソファーから立ち上がり、涼ちゃんはシャワー室へ向かう。



「…一舞」

一舞
「ん?」


 シャワー室の扉に手を掛けたまま、真剣な表情で名前を呼ぶから、いったいなんですか?とこちらも真面目に視線を返すと…



「…覗くなよ?」

一舞
「………は?興味無いし」


「いや、せめて興味は持てって」


 掠れた声でひゃっひゃと笑いながら「可愛くねー」と一声叫ぶと扉の向こうに消えて行った。


一舞
「なーんすかアレ。ふはっ」


「構ってほしいんじゃね?くふふ」


 あたし以外の四人は部活引退組だから、そのままシャワーを浴びたりして帰る準備をするだけだ。あたしだってそりゃあ、蓮ちゃんの優しさに乗っかりたかったけど仕方ない。

 約束は約束。学ちゃんが不在だからって無かったことにはならないのだ。

 観客が全て帰ったのを確認し、あたしは再び部員の1人に戻ってステージ上の機材を片付ける作業に取り掛かった。


……………

………




 数分後。

 片付けが終わってステージ裏の控え室に続く廊下を歩いていたら…


広夢
「一舞!お疲れー!」


 背後から走り寄ってきた広夢くんが、スポーツドリンクを手渡してくれた。


一舞
「わぁ!ありがとう!」

広夢
「スゴかったよステージ!俺マジ感動した!」

一舞
「ありがと。てかみんな頑張ったもんね」

広夢
「うん…でさ…俺ね?」

一舞
「ん?」


 急に広夢くんの表情が変わったかと思ったら…



「一舞〜」


 涼ちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。


広夢
「げっ!」

一舞
「はっ?」
(何すかその反応!?)



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