始動8




――――――――――――――side 祐弥

(自分の仕事やのに人任せて……)

 広夢は呆れる俺に気づきもせずヘラヘラしとる。その目の前で涼さんは《弥生さん》とか言う人に電話し始めた。

 話はすぐに通じたらしく、電話を切るなり深い溜め息を漏らす。



「……あのなぁ広夢。綾の仕事を軽く見んのはやめろよな。言っとくがアイツはお前より遥かに忙しいんだからな」

広夢
「…そっすか?」


「そっすかぁ?じゃねーよっ。未だに《APHRODISIAC》のスケジュール管理も、俺ら部員の調整も、店の会員管理もライブのプロモーションも全部、何から何まで綾1人でやってんのに…。例えばそこに弥生さんの補佐があったとしても、ただでさえ新体制になってからの調整が大変なんだ、お前の仕事まで見てやる余裕なんかあると思うな!」

広夢
「…す、すんません」


 涼さんの声に怒気が混じり始めると、広夢は肩を竦ませる。



「てめぇの仕事はてめぇで責任持て。出来ないなら副部長選挙やり直しだからな!」

広夢
「…はい」

祐弥
「……」

(あ〜ぁアカンやん…)


 俺を無視して繰り広げられる、涼さんから広夢へのお説教タイム。


(俺めっちゃ居づらいねんけど…)


……………

………



 数分後。店の前に一台の車が止まり、涼さんの怒声が止んだ。



「…弥生さん…すんません急に」

弥生
「いいよ。良かったなぁ広夢、来てやったぞ」

広夢
「う…すみません」

弥生
「ははっ つーか綾が怒ってたぞ。後でちゃんと謝っておけよ」


 笑いながらそう言って店の鍵を開けるその人。

 オレンジ色が眩しい長い髪。その隙間から覗く切れ長の目。キツそうな雰囲気に似合わない砕けた物腰。

 美人やのに、なんとなく男っぽい空気を纏うこの姉さん。


(俺…知ってるわ…)


弥生
「…ん?…あれ………お前…」

祐弥
「…どうも」

広夢
「…?」


「…コイツ編入生らしいんすよ」

弥生
「…そうなのか………いつだったか関西行った時に会ってるな」

祐弥
「まぁ…ずいぶん前っすよ…」

弥生
「そう…だな……まぁいいや。じゃあ涼、後は任せた」


「はい。お疲れっした」


 涼さんは弥生さんに向かって丁寧に頭を下げる。

 先輩やと今さっき聞かされた人がそうしている姿を見ると、そんな偉い人なんかな…と、俺も気をつけなアカンような気になる。

 せやけど知ってんねん。

 あの人、もともとは関西の出身やねん。

 無理から標準語にしようとしてんのバレバレやねん。

 なんでや?



 弥生さんが去って数分。

 鍵の開けられた扉を開き、ようやく店内へ入ると、薄暗い…ライブハウス。

 ここが部活場所…?

(つーかライブハウスで部活なんて、余所では聞いたこと無いわ…。めぐちゃんの言うこともこの時点でなんとなく解る気ぃするな…)

 薄暗い店内を見回して、なんやちょっとウキウキしてくるんを感じていた。



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