始動6




 目の前でただ微笑んでいた翔は、更に表情を柔らかくしたかと思うと、ようやく口を開いた。



「…実習だよ」

一舞
「…?」


「食いっぱぐれないように、ちゃんと教員免許もらっとかないと…なんつって」

一舞
「…………?」


「………言ってなかったか?」

一舞
「………………?」

(…何の話なんですか)



「…そうか…言ってなかったっけ」


 自分一人で納得しながら、その腕を掴んだままのあたしの手を取る。



「…俺の爺さんが、ここの理事長やってんのは知ってる?」

一舞
「……あ…聞いたことある」


「…俺…ずっと後継げって言われてて、一時期はその気になって教育学部に通い始めたんだけどさ…まぁ今はあんまりその気も無いんだけど…」

一舞
「…………うん」


「デビューするのを許す交換条件として、免許取ることになったんだ」

一舞
「……交換条件」


「そ…大学に通った時間を無駄にするなって言って。べつに反対する気も無いくせにさ」

一舞
「………そうだったんだ」

(理事長……会ったこと無いな…。式典関係にも出てこないし、存在すら忘れてた……てか)

一舞
「…………レコーディングは?」


「やってるよ」

一舞
「………」


「ちゃんと許可もらって並行してやってる。…だから学校が終わったら合宿場所に戻るから」

一舞
「……戻っちゃうんだ」


「…うん……つーかもういい?」

一舞
「…………」


「…良さそうだな」

一舞
「……っ」

(…良くなんか無いよ)


 そう思った瞬間、あたしの体は翔の腕に包まれた。

 久しぶりの翔の温もりと甘い香り……急激に嬉しさが込み上げて眩暈がした。



「…寂しいのなんか今だけだから」


 そんな優しく言ったって納得してあげないもんね…。


一舞
「………翔に会えるのは嬉しいけど…」


「人前ではこういう事できねーな」

一舞
「…そうだよどんな顔してればいいのさ」


「とりあえず…《先生》って言わないと」

一舞
「…藍原…先生?」


「………」


 あたしの声に反応するかのように体を離すと、翔は真っ直ぐあたしの目を見た。

 相変わらず間近で直視するには心臓に悪いその顔。跳ねあがる心臓をどうにか抑えて目線を返す。


一舞
「………何?」


「……もう一回」

一舞
「…え……藍原先生?」





 言われた通りにもう一度声に出すと、翔はまるで子供みたいな笑顔を炸裂させた。

 そのあまりの無防備さに、抑えが利かなくなったあたしの心臓は、痛いくらいに鼓動を速めた。



「……やべ…萌えるわ」


 そう言って、鳩が豆鉄砲を食らったようなあたしの顔を満足げに眺めると、そっと唇が重ねられた。

 …なんだか懐かしくて、一瞬のうちに体中が幸せでいっぱいになってしまう単純な自分が、少し恥ずかしい。


 (もう…ほんと勝てないなぁ…)


 これが惚れた弱みというやつなのかしら?



prev * next

Novel☆top←
書斎←
Home←


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -