始動1




 太陽の光が窓から差し込む朝。

 あたしはベッドに寝ころんだまま、何の着信も無いケータイを見つめていた。

 彼からの連絡が無い事…気にしなきゃいいんだけど、わりとへこむ。


一舞
「……忙しいもん、仕方ないよね」


 自分を納得させるようにポツリと呟いて、ゆっくりとケータイを閉じた。


 考えてみれば涼ちゃんの時はこんな風に気持ちが落ち着かないことなんか無かった。

 不安になる暇など無かっただけなのかもしれないし、単純に恋じゃなかったからなのかもしれないし、今となってはわからない。

 とにかく。

 こんなに連絡を心待ちにすることなんて、今までの人生では初めての事だと思う。

 学校に行く準備をする自分の動作がとにかく鈍い。


 長かったようであっという間に過ぎた夏休み。

 あの合宿から帰って以来、翔はすぐに別の場所でのレコーディング合宿に入ってしまったためまったく会っていない。

 おまけに何の音沙汰も無くて……でも彼は今頑張ってるんだから、寂しいなんて言えないし、それがわかってるから口には出さないけど顔には出ちゃうらしい。


一舞
「…はぁ」


 鏡の中の冴えない自分の顔にため息がひとつ。


(…しっかりしろ…あたし)


 こんな顔して翔に会ったらきっと心配させちゃうだろうな…そう考えたら、いま会えないのは正解にも思えてくる。

 なんだか情けない自分の両頬をぺチぺチと叩き、翔に朝のメールを送って家を出た。


……………

………


香澄
「おはよん」

一舞
「!」


 玄関を出ると門の前に香澄が立っていた。彼女一人なのが不思議で、辺りをキョロキョロと確認しながら返事を返す。


一舞
「おはよ…照ちゃんは?」

香澄
「起きないから置いてきた」

一舞
「ふっ…かわいそ」

香澄
「だってアタシは、一舞に早く会いたかったんだもん」

一舞
「なら仕方ないね」

香澄
「でしょ?」


 そんな可愛いことを言ってくれる香澄と並んで学校に向かう。

 でも…


香澄
「…………」

一舞
「……ん?…何?」

香澄
「…ううん」

一舞
「………?」

(なんだろ…バレちゃってるのかな……?)


 香澄はしきりにあたしの様子を窺っているだけで、聞いてみても答えてはくれない。

 並んで歩く朝の空気の中、会話らしい会話も無い。


 合宿中。翔と付き合うことになって、あたしはすぐに香澄に電話を入れた。

 兄貴と親友が付き合うだなんて凄く嬉しい!って…ケータイ越しに飛び跳ねるみたいな声が響いてたっけ…。

 そんな香澄をガッカリさせたくない。

 しょぼくれてる気分をうまく隠せない自分が嫌だ。

 これから始業式。夜には御披露目ライブも控えてる。


(しょんぼりしてる場合じゃないよあたし!)


 よく見れば心配そうに眉を下げている香澄の手を握り、あたしはなんとか笑って見せた。






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