慈愛4



……………


………







     ピンポーン…






「………!」






     ピンポーン…







「…………?」



 玄関から、微かに響いてくるチャイムの音。



     ピンポーン…






「はぁ〜い〜」







     ガラガラッ…







「あらぁ〜いらっしゃ〜い」

??
「遅くにすんません…洋に話あるんすけど…」


「いいのよ〜気にしないでぇうふふ。洋〜!涼くんよ〜!」




「……」

(…うん、言わなくてもわかるよ。涼は母ちゃんのお気に入りだからな)




 通話状態のまま放置していたケータイはいつの間にか通話が切れていて、さっきまでケータイで話していたはずの涼が、家まで来ちまって母ちゃんを喜ばせている。

 俺は渋々重い腰を上げて玄関まで降りる。

 涼が何の用でウチに来たのかなんてのも察しはつくし、家まで来られちゃ、説教だろうが何だろうが、話を聞くしか無いんだ。





「ほらっあんまり待たせちゃダメよ!」


「…あいあい。うっす」


「おう」


「じゃあね涼くん、上がってゆっくりしていきなさい」


「…ありがとうございます」


 ニコニコと手を振りながら、母ちゃんはリビングに戻って行た。




「…………」


「…………」


「…上がる?…出る?」


「…出る」


「…りょ〜かい」



 母ちゃんには悪いけど、涼はこう言ってるし…てことで、なんだかソワソワしている涼と一緒に外に出た。










 外に出て、玄関扉を閉めると、涼が振り向きざまに、俺めがけて拳を突き出した。



 その拳はいい勢いで俺の胸に当たり、多少の痛みを感じさせる。



「…いって」


「………」


「…………何?」





       ジャラ…





「!」


 涼が握った拳を緩めると、その指の隙間から、見覚えのあるチェーンがぶら下がった。



「…受け取れ」


「……」


 促されるまま手を出し、受け取った。

 それは…俺が勝手に作った、美樹の部屋の合鍵。



「…早く返さなきゃと思ってたんだ」


「………」


「俺と美樹は…出会った頃からずっと、ただの友達だ。それ以上にはならねー」


「…………」


「美樹がそれを俺に預けたのは、俺に対して友達以上の感情が無いからだと思ってる」


「……………」


「ずっと一緒に居たお前に突き放されて…きっと寂しかったんだろうけど、多少苛立ってもいただろうな。まぁ渡す相手が俺なら、別に悪いようにはならないのもわかってただろうし」


「………………」


「…俺らの事をお前は何か、勘違いしてるみたいだから言っとくけど。蓮の事があってから、美樹が独りになるのが心配で…あの頃は毎日、俺が側に居た。でも俺は、美樹に対する恋愛感情を持たなかったし、そんな雰囲気にもならなかった」


「…………………」


「…お前がアイツに付きまとい始めた頃は、蓮と同じ顔がいつも近寄ってくると思うと苛立つ…って、美樹はよく愚痴ってたけど、でも…今は違うだろ?」


「……………………」


「俺と居た時間より、お前との時間の方が長かったんだ…今更距離置こうなんて勝手すぎる。それに、蓮の事も…アイツは克服できてると思うぞ」


「………そうかな」


「そうだよ。だから、俺は行かない」


「………」


「お前が行け」


「…………でも」


「話はそんだけだ。美樹のこと、わかったら連絡くれ」


「………」


 そう言って涼は帰ろうとする。



「…涼」


「…俺の頭は、一舞のことでイッパイイッパイなんだ。美樹の事は、お前が居ればいいだろ?」


「……」


「…お前がアイツを泣かすな」



 そう言って去って行く涼の後ろ姿を見つめながら、言葉が出ない俺は…その場に立ち尽くした。

 ていうか結局、まともな返事ひとつも出来なかったな…。








 もしかしたら俺は、蓮の事を理由にして、美樹の事を涼に丸投げして、キツさから逃げようとしてただけなのかもしれない…。


 俺の手に舞い戻ってきた合鍵を握りしめて目を閉じると、不思議と心の中のモヤモヤは消えている。



 目を開いた次の瞬間…


 俺の足は、夜の道を歩き出していた。






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