慈愛1




 日陰の少ない昼時。暑い日差しの中を歩いてる。

 場面で美樹を送ることになった俺。でも全く会話が無いもんだから、さっきからグーグーと泣く腹の虫が、なんかすげーうるさい。


(そろそろ美樹のマンションが見えてきたな…)


 あそこに着いたら直ぐ帰らなきゃ…そんな思いが足を重くする。







美樹
「………お腹すいたね」


「!!」


 突然、ずっと黙っていた美樹が口を開いた。



「え…やっぱ聞こえちゃった?」

美樹
「うん……てか、私も鳴ってるけど」


「え〜?うっそ、聞こえないよ?」

美樹
「洋のお腹の音が大きすぎるのよ」


「聞いてみたいなぁ…美樹の腹の音」

美樹
「そんなの無理。ぜったい嫌。ふふ」


「あ……そっか、へへ…」



 久しぶりの柔らかい声。途端に空気が和らいだ。



 なのに…やっと笑ってくれたのに、話してるうちに、マンションの下に着いてしまった。



美樹
「………」


「………じゃあ…ここまでね」

美樹
「…………」







「……ん」

美樹
「…私」


「…え?」

美樹
「私……ずっと涼が好きなんだと思ってた。洋は…私を大切にしてくれる一番の友達だって思ってた。でも…」


「涼に、鍵渡したんでしょ?」

美樹
「…洋がそうしろって言ったんじゃない」


「涼を好きなんだと思ってたからだよ………違うの?」

美樹
「……………………違うみたい」


「…………」



 俺のTシャツの裾を掴んで俯いている美樹…その顔は、高い位置で結ばれたツインテールで隠れて見えない。


(けど…これって…)



「…」

(てか待って)


「涼じゃないとして、例えば俺だとして……でも俺、蓮と兄弟だよ?」

美樹
「…蓮のことなんて、もういいよ」


「良くないよ」

美樹
「……………ねぇ…」


「…………」

美樹
「…洋が私を好きじゃなかったら、蓮はあの事を誰にも言わなかったと思うしきっと、私に謝るキッカケも…無かったと思わない?」


「………」

美樹
「私も…自分の気持ちに、気づかないままだったかもしれない」


「…………」

美樹
「…私…今なら蓮を許せそうなんだよ」


「……………」

美樹
「…忘れよう?」


「………………」

美樹
「洋まで責任感じてるなら尚更…」


「…………………」

(美樹はやっぱ優しいな…)


 でも…そんな簡単に忘れられるものなのか?許されることなのか?

 あの事がずっと俺の耳に入らなかったのは、やっぱりそれが、進行形の痛みだからじゃないのか?

 蓮が謝ったのも、アイツが俺に打ち明けたのも、それがこれからも変わらない傷だからじゃないのか?

 そんな簡単に終わりに出来るとは思えない…。


美樹
「…洋?」


「…………もし、普通の兄弟なら…今のままでも平気かもしれないけど、でも…俺と蓮は双子だよ」

美樹
「…………」


「…どんなにキャラ作ったところで、絶対に似たところの方が目立つんだ」

美樹
「………………」


「…マジんなった時の顔なんて見分けつかねーし」

美樹
「……………でも」


「耐えられるの?」

美樹
「…………」


「………」



 美樹の気持ちは嬉しいよ。

 俺だって…出来るなら飛びつきたいくらいだ。

 だけど、きっと…この先俺の顔を見るたびに思い出す。

 そう思えて仕方ない。



「俺も蓮も、性格だってそんなに違わない…みんなわかってないだけだ」

美樹
「………洋…」


「辛い想いするのは美樹なんだよ?」

美樹
「………それでも」


「…言うな」

美樹
「一緒に居てくれなきゃ嫌」


「…………言うなって言ってんのに…」


 突き離すことができない俺の胸に、美樹が顔をうずめる。

 気持ちが通じ合えたのなら絶対に幸せでいたい。

 そう思うからこそ首を縦に振れないのに…。



美樹
「…私が許せなかったのは」


「…………」

美樹
「…気持ちを踏みにじられたことであって、蓮の性格じゃないよ」


「………………」

美樹
「嫌な思い出を植え付けられたから、恋をするのが怖くなったから…でも私、蓮の良いところもちゃんと知ってるよ」


「…………………」

美樹
「…だから、謝ってくれた蓮を許したい」


「…………………うん…」

美樹
「…無かったことには出来ないかもしれない。でも、洋が居てくれたら大丈夫な気がするの」


「………………」



 ジリジリと照りつける昼の太陽の下。


 スッポリと、俺の影に隠れてしまう小さな美樹。


 触れている部分からその体温が伝わり、今にも抱きしめてしまいそうになる。


 どうしたらいい?


 痛みを受けると決めたのに、ここまで言われて、本心では迷っている。

 そりゃあ、今までこうなる事を望んでたんだ。迷って当然だけど、簡単に答えは出ない。



 俺は、愛しさから振り払えないその手をそっと自分の体から引き剥がし、感情を押し殺して気持ちを伝えた。




「時間、ちょうだい」

美樹
「………」


「大好きだから、尚更…簡単には答えられない」

美樹
「………わかった」


「……ありがとう、ごめん」





 嬉しいのに、嬉しいと言えない。

 一緒に居たいのに、側にいるよと言ってやれない。

 美樹が求めてくれるのなら、それに応えたい。

 だけど、受け入れちゃダメだと思う自分も否定できない。


 いったいどれが正解なのか…


 今の俺にはわからないんだ…。




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