序曲1 午前10時過ぎ。 ついこの前までバンド部の衣装責任者だった俺は、夏休み中だというのに何故か学校に来ている。 朝方、俺の後任になった奴から、準備していた《APHRODISIAC》のステージ衣装を、部室に丸っと置いてきてしまったという電話を受けた。 そいつは本気で困っているのか怪しい声で、取りに行きたいが法事が入って部活にも出られなくなったとか、「どうすればいいですか〜」とか言ってきた。 他にも部員は居るんだからなんとか考えろと言ってはみたものの、衣装担当は責任者以外は女子ばかり。 衣装がゴッソリ入ったデカい箱を女子に運ばせるのはちょっと気がひけて、夏休み中の、しかも部活引退組である俺が、わざわざ学校まで足を運んでいる。 (まったく、落ち込んでる暇もねーな) 美樹が怒って電話を切ってしまったのが2日前の出来事。 あれから全く声を聞いていない。でも、俺がこうして諦めようとしているのは美樹のためなんだから。シャキッとしなきゃな。 それにしても、今日は他の部活は無いらしく、校内はやけに静かだ。 広い校内を、部室に向かって足を進める。 何時になく静かな廊下を歩いていると、受験した日がつい最近の事のように脳裏に過る。 いつかはまたバンドをやりたくて、此処に受かればバンドだって何だって出来る、自由が待ってるって思ったからこそ、必死に勉強したんだ。 ここで気ままに過ごせるのもあと僅かだと思うと感慨深い。 洋 「……」 軽音科の校舎に差し掛かり、その一階にある、一年教室が並ぶ廊下で立ち止まる。 この廊下で、初めて美樹と話したんだ。 あの時は、どうだったんだろう。まだ興味だけだったかもしれない。 今思うと、あの時美樹はまだ、飾り気も無い感じだった。 だけど夏休みを挟んで入ったバンド部で美樹を見たときは、ちょっと違う感じがしたのを覚えている。 初対面から一か月くらいしか経っていないのに、なんだか急に雰囲気が大人びていたっけ。 きっとあの間に、蓮とのことがあったんだろう。 今更気づいても遅いけど。やっぱり悔しいな…。 洋 「…?」 何気なく、静かな校内に、微かにピアノの音が響いていることに気づいた。 (…俺以外にも、誰か来てるのかな) 部室に向かう足を方向転換して、ピアノの音色を追っていく。 その音は、目の前にあった練習棟からでは無く、逆方向にある普通科の音楽室から聞こえてるようだ。 (いったい誰が…) そんな風に思いながら、どうにも興味を魅かれて小走りになった。 少しして、音楽室前の廊下にたどり着くと、ピアノの音色はハッキリとした音になって聞こえてくるようになった。 (これ、何て曲だったかな…) どこかで聞いたことがある曲。 なんて言うか、柔らかくて可愛らしくて…美樹みたいな曲。美樹の声みたいに心地いい曲。 曲名は思い出せないけど、いい曲だと思った。 音楽室の前まで来ると、迷わず中を覗く。 洋 「…え?」 覗き込んだそこでは、涼がピアノを弾いている。 (そういえば合宿中、作業が終わってからこっそり練習してたな…) ついこの前の、合宿中のそんな姿を思い出しながら、視線を少しズラす。 洋 「!!」 ピアノを弾く涼の横で、それを聴いている美樹の姿があった…。 Novel☆top← 書斎← Home← |