合鍵2





「腹減らねぇ?」


 突然、黙りこむ俺に、翔さんが言った。



「な?」


「……」


「ん?」


「実は……」


「……」


「…かなり腹減りッス」


「だよなぁ〜」



 恐ろしく爽やかなイケメン笑顔を炸裂させてそう言うと、翔さんは冷蔵庫をあさり始めた。



「あんま適当に使うと一舞に怒られっから、簡単なモンな」


「…あ、はい」


 適当に食材を取り出し、慣れた感じでササッと料理をする。

 その手慣れた感じが俺の目をくぎ付けにした。



「…いつ覚えたんすか?」


「…なにが」


「料理っすよ料理」


「あぁ……ウチは昔から、親が居ない日の方が多いからな。こんなもん慣れだよ」


「…慣れ……」


「…まぁ腹減ったら、料理できる女を呼ぶのが一番手っ取り早いぞ」


「…俺、そんなモテないっすから」


「そうなのか……ははっ…そりゃ困るな」


「……」

(困りますねぇ…そんなレベル高いとこからアドバイスとか)



 こんな風に翔さんと話すことは、めったに無い。

 合宿の時だって、会話らしい会話はあまり無かった。


 実のところ、なんとなく近寄りがたい感じもあったからか、1対1で話すなんてかなり抵抗があったんだよな。



「……」

(そういえば…)


 俺らぐらいの頃の翔さんて、どんなだったのかな?

 想像できねーけど、とにかくなんだか凄そうだ…。




「…何か言いたそうだな」


「え、いや、てか…翔さんって女慣れしてるんだろうなぁと…」


「…は?」


 俺の訳のわからない意見に、翔さんは半笑いで首を傾げた。



「いやぁ、ぶっちゃけ…元カノとかってどのくらい居るんすか?」


「……も、元カノ?」


「元カノっす」


「………あ〜…どうだったかな」


「………」


「………」


「……………」


「………………………」


「………………」

(……え〜…っと)


 料理の手を止めてまで、なんかスゲー考えてますけど…

 そんなに居るんすか?




「ん〜…………元カノの人数なんてわかんねーわ。つーか顔も覚えてねー奴ばっかだしな。ふはっ、あり得ねー俺」


「…………」

(いや、笑えねーっす…)



「つーか昔の事なんてどうでもいいじゃん…」


 そう言って笑う顔が、実に穏やかだ。

 きっと今が凄く、幸せなんだろうな…。



「……俺も…ぶっちゃけていいっすか?」


「…ん?」


「…実は俺も、一舞に惚れてたことがあるんすよ」


「…………ふ〜ん」


「今は全然なんすけど」


「…うん………で?」


「それだけっす!」


「なんだそれ?」


「いや…誰も気づいてくれなかったんで、言ってみたくなったんすよね」


「ふっ、何も俺に言わなくてもいいだろ」


「そっすよね、すんません」


「まぁ別にいいけど。スッキリしたか?」


「はい、少し」

(はぁ…俺も幸せになりてぇ…)























 それから数時間。意外にも会話は弾んだ。

 翔さんに作ってもらった深夜の飯も、意外にすんなり喉を通った。


 そして無理に何かを聞き出そうとしない翔さんの、今まで知らなかった優しさに、俺は少し感動している。

 きっと一舞はこういうところに惹かれたんだろうな…

 たくさん居たらしい歴代の彼女さん達も、そうなのかな……なんて、くだらないことを考えていたら、ずいぶんと時間が経ってしまっていた。


 いくらなんでも、未成年を、深夜を過ぎて1人で帰らせるわけにいかないから、と言って、翔さんは車を出してくれた。

 結局は車内でも、なんだかんだ色んな話をした。

 たぶん、翔さんとあまり会話したこと無いのは俺くらいのもんだったかもしれないけど。

 みんなが慕う理由がわかった気がした。


 そうしているうちに家の前に着いて、名残惜しい気持ちになりながら車を降りる。



「すんません遅くまで居座っちゃって…挙げ句…送りまで…」


「別にいいよ。お前面白いし…つーかあんま悩むなよな」


「はい……飯、旨かったっす。ありがとうございました」



 俺が頭を下げると、翔さんの車はゆっくりと走り去った。




(うん。もう悩まない。美樹の幸せが一番大事だもんな…)





……………



………









 翔さんの車が見えなくなった辺りで、玄関扉に手をかけた。





        ガラッ





「お帰り」


「うおっ!ビビったー!?母ちゃん起きてたの!?」


 玄関扉を引き開けた瞬間、母ちゃんの声が飛んできて跳びあがった。

 ずっと俺を待っていてくれたらしい。



「まったく…旅からやっと帰ったと思ったら兄弟で殴り合いするわ、挙句家出するわ…母ちゃんを白髪だらけにしたいのかお前は」


 玄関でずっと、行先も告げず出て行った俺を待っていたらしい母ちゃんは、俺をジッと見て、呆れた様子で愚痴をこぼした。

 そういえば、こんな行動を取ったのは初めてかもしれない。親不孝はしないつもりだったのに、思った以上に心配をかけてしまった。



「……ごめんなさい」


「ふぅ、おかげで母さん寝不足…朝ご飯よろしくね」


「うっ!…了解っす」



……………



………







 母ちゃんが寝室に戻るのを確認して、ようやく家にあがる。

 階段を登り、蓮の部屋の前にさしかかって、何気に足が止まった。




「…………蓮…起きてるか?」



 ドアの前で声をかけてみると…




『………帰ったのか』



 声が返ってきた。




「他に行くとこなんかねーもん」


『……それもそうだな』


「うっせーわ。誰のせいだよ」


『……』


「また喧嘩なりそうだし、寝るわ」


『………入れば』


「……」




        ガチャ…






「………殴ったとこ…大丈夫か?」


「……全っっっ然…大丈夫じゃない」


「…甘えんなバーカ」


「…………」


「………責任感じてるなら…真っ当な男になれよな、この能面ヤロー」


「…無表情なつもりは無いが?」


「十分なくらいの仏頂面だよお前なんか」


「無駄に笑わないだけだ」



 まったく…何を言い合ってんだか訳わかんねーけど…まぁいいや。


 とりあえず蓮とは…

 仲直りしてやるか。





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