双子1




 夜10時を回って、ようやく家路につく。

 今のところ店の看板となるバンドが居ないため、以前より暇になったらしい部活。

 部活が暇だったおかげで、俺らが合宿している間に無断でサボる部員も居たらしく…

 帰り際。美樹からその報告を受けた涼の怒声が、説教部屋ならぬチューニングルームから聞こえていた。



 新部長がナメられている。

 涼ほど怖くないからだ。


(…部長ってのは大変だな)


 俺にしてみれば所詮は他人事。

 聞こえてくる悲痛な悲鳴を聞き流し、美樹と共に店を出た。


……………

………





 久しぶりではあるけれど、いつも通りに美樹を送り、いつもなら数分は一緒に過ごすはずの美樹の部屋にあがりもせず帰宅した。

 今夜の俺は、自分で自分をコントロールできる自信が無かった。

 それくらい、美樹に会えたことが嬉しい。けど、不安定だ。

 あのまま上り込んで、もし何かしてしまったら、俺は俺を許せないだろうし。これが正解だと思う。

 美樹だって特に気にした様子もなかったから、大丈夫だろう。



 我慢した分、一人の夜道は寂しい。歩調も幾分テンポが悪かったかもしれない。

 ようやく辿り着いた我が家。父ちゃんも母ちゃんも寝ちゃってて、真っ暗になっている。

 鍵を開けて、なるべく物音をたてないように玄関を通過して、二階に向かう。

 そして自分の部屋に入るなり荷物を放り出し、ベッドに転がり込んだ。



「……」

(…美樹が、涼を見てるのはちゃんとわかってる)


 だからと言って俺を見てないわけでもないけど。


(何が問題なんだろう…)








      コンコンッ…








「入るぞ」


「……」



 唐突に響いたノックの音。それとほぼ同時に、蓮が部屋に入ってきた。


(…つーかノックさえすれば良いってもんじゃないだろ)


「一応、返事くらい待てよ」


「お前の返事が遅いんだ」


「うわ…自己チュー」


「そんな事より、お前が静かすぎて気持ち悪い。どうした?拾い食いでもしたのか?」


「…俺は犬か」


 いきなり現れて俺を犬扱いしたかと思えば、蓮は机の前の椅子にどっかりと腰を下ろす。そして、ため息をひとつ吐いて、俺の方へ顔を向けた。



「…お前が喋んねーから、美樹が心配している」


「……」


「アイツ…何を血迷ったのか、俺のケータイに電話なんか寄越したんだぞ」


「…まじで?」

(美樹が…俺を心配してくれてるんだ…?)


 嬉しいけど、いつもみたいにハシャげない…何かが引っ掛かる。




「…俺だって…いつでも陽気な振りばかりできねーよ」


「振り、か……そんなに美樹がいいのか?」


「…そうだね」


「分っているとは思うが…美樹は涼のモノだ」


「…言われるまでも無いし」


「それでいて諦めるつもりの無いお前が不思議なんだが…」


「…そんな簡単に諦められたれ苦労しねーっつの」


「……なら、俺が手伝おうか」


「余計なお世話だし」


「やめるつもりも無いのに半端な事を言うからだ」


「お前に言われたくねーっつーの!」


「……不憫だな」


「なにが」


「お前…なぜ美樹が俺を嫌うか知らないんだろう」


「そんなもん分るって。ドSだからだろ?」


「………」


「……は?違うの?」


「…違う。美樹はそんな小さな事で、人の好き嫌いを判断するような浅い女じゃないだろう」


「……」

(じゃあ何だよ)


 美樹が蓮を嫌う理由なんて、ドS以外に何があるって言うんだ。


 すっかり黙ってしまった蓮を見ながら、きっと俺、変な顔してるんだろうな…って思った。

 だって…蓮も変な顔してるから。


 俺は別に、恋愛相談なんてしたいわけじゃない。ただ今日は落ちたい気分なだけなんだ。

 それなのに蓮は、話が止まっても、部屋を出ていくどころか徐にケータイを取り出し電話をかけはじめる。



「お前…わざわざ俺の部屋で電話とかマジ意味不なんだけど」


「…黙ってろ」


「はぁ?」


 いくら兄弟だからって、お前の電話内容とか興味ないし…とか思っていた。

 すると蓮ケータイの向こうから、美樹の声が聞こえてきた。



美樹
『なによ』


「今、洋と話していたんだが…」

美樹
『…うん』


「お前…俺とのこと話していないんだよな」

美樹
『は?なに言ってんの?話せるわけないじゃない!馬鹿じゃないの?』


「…馬鹿で悪かったな」

美樹
『急になんなのよ!』


「……?」


 美樹が苛立っている。

 そんなに蓮と話すのが嫌なのか…?

 っていうか、蓮が言った《俺とのこと》って、いったい何の話だ?




「一応、話しておいたほうが良いと思って…お前に確認したかったんだが……どうする?」

美樹
『………それを…洋に話して…何になるのよ』


「このままじゃ…洋が不憫だ…」

美樹
『アンタのせいじゃない…』


「………」


 蓮が黙ると、美樹の声も途切れた。

 怒ってる美樹の声も可愛いけど、とにかく何の話なのか気になって仕方がない。




 少しの沈黙の後、再び聞こえた美樹の声は、随分と落ち着いたものだった。


美樹
『……わかったよ。わたしからは話せないから…アンタから言って』


「……ごめんな」


「!!?」

(わ!?蓮が謝った!?…いったい何したんだよお前!)


美樹
『…許さない。けど…アンタの気持ちはわかったよ。じゃあね』


「…あぁ」


 蓮は…電話を切っても、まだケータイを開いたままで、ディスプレイを見つめている。


 「ごめん」と言った蓮も、「許さない」と言った美樹も、俺から見たら珍しいなんてもんじゃない。

 2人の間に相当な何かがあったんだって事くらいは、容易にわかるような事態だ。




「…何の話だよ?」


「…今から話す。だが、お前も覚悟を決めて聞いてくれ」


「…?」


 蓮の様子が明らかにおかしい。

 いったい何なんだ?





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