恋敵1



 俺らの夏休みは残すところあと一週間。

 長いようで、あっという間に過ぎた《APHRODISIAC》と《Babies'-breath》の合同合宿は終わりを迎えた。



 学さん所有の別荘をみんなで隅々まで掃除して、あとは荷物の運び出しと帰りの車の乗り合わせを決めるだけだ。


一舞
「いつも思うけど、洋ちゃんってそういう役回り多いよね」


 1人作業中の俺に向かって、洗い上げた食器を片付けながら、半笑いで一舞が呟いた。



「仕方ないよねぇ、俺ってば人が良いから」

一舞
「あははそっか。てか涼ちゃんや蓮ちゃんがその作業する絵面は浮かばないよね」


「それってなんかぁ…わかるけど悔しいっつーか」

一舞
「うははごめん、違うよ〜、いつもありがと〜」


「その《ありがとう》に愛はあるのかい?」

一舞
「ひゃはははっ!きも〜!」


(まったく一舞は可愛いねぇ)






 ん?俺が今、何をしてるかって?

 乗り合わせを決めるための《クジ》を作ってますよ〜。



 大人チームはともかく、俺らはいつもこの方法で色んな事を決めるのが常。

 普通にジャンケンとかで決めれば良いものを、何故か《クジ引き》が好きなんだよね。






 広いリビングの端。

 キッチンスペースに設置されたデカいダイニングテーブルで、細長い紙切れを前に超絶地味な作業。

 過酷な仕事じゃあないが、地味すぎて笑ける。



「…できたか?」


 APHRODISIAC側の機材の運び出しを手伝っていた照が、サボりに来たのか横から覗き込んできた。



「ん〜にゃ…まだ」


「そうか。大事なミッションだからな…注意を怠るな?」


「…それなんだけど照くん」


「っなんだよノッてこいよ」


 おふざけに乗らない俺を不満げに見つめる照に、コッソリと耳打ちする。



「(…翔さんの名前ってやっぱ必要かな?)」


「………」


 照は返答に迷っている。

 一舞には聞こえないように、コッソリ悩むデカい高3男子2人。


 今、俺は重要なカギを握っている。この《クジ》は、ただの紙切れじゃないんだ。


 翔さんの車を選択肢に入れないのが、一番自然な方法だと思う。

 しかし、外したら外したで、涼や蓮からクレームが来そうだし、それはそれで面倒だ。


 照は目を閉じて少し考えた後、一舞の視線を気にしながら耳打ちしてきた。



「(…そこまで俺らが気ぃ使う必要あるか?)」


「……」

(…ごもっとも)



「(…つーかそういう気の使い方は一舞が嫌がるだろ)」


「……あ〜」

(特別扱いとか、一舞は確かに嫌がるかもなぁ…真面目だから)


 細長い紙切れと向き合いながら、ペンを片手に黙り込んでしまった俺と照。

 だけどこれじゃ、何も決まらないじゃないか。



「(だから言ったろ?大事なミッションだって)」


「う〜あぁ〜、マジきちぃわ〜」

一舞
「あれ?」


「ふおぁっ!?」


 一舞が急に、肩ごしから紙切れに手を伸ばすから、驚いて跳び上がった。

 そんな反応なんか見えていないのか、俺の右肩に手を置いて、紙切れに書かれた文字を見ている。



「ビビったぁ〜…」

一舞
「ねぇ洋ちゃん。これ、翔の名前が無いよ?」


「…ん?ん〜…」

一舞
「…?」


「てか、一舞がそのまま乗ればいいんじゃねーかな〜と、思うんだけど…な?照?」


「んぁっ!?って俺に振るなよ!」

一舞
「ふぅん……でも、そういうの要らないから。ちゃんと書いてあげてね」


「…はい」



















 午後1時。

 一舞と翔さんが仲良く作った昼食を食べた後、各自それぞれ纏めてあった荷物を外へ運び出す作業が開始された。


(…つーか。翔さんが料理できるってことは、家政婦とか要らなかったんじゃね?)


 とか考えながら、《料理が出来る男》ってちょっとカッケーなぁなんて思ってみたり…。


 それにしてもあの2人がくっついちゃうとは驚きだ。

 涼や蓮が心配するくらい仲が良いのは知っていたけど、なかなか年の差だってあるし、一舞に対してあれだけ親バカの学さんが紹介してやるとは思えないし、家政婦っていう繋がりでも無ければ接点も無かったはずだもんな。


 一舞の荷物を運んでやっている翔さんの姿が、俺が思っていたその人の印象とはやっぱり違いすぎていて、どうしても不思議でならない。


(女嫌いじゃなかったんかよ?)


 あまり露出を気にしない一舞の、見るからに滑らかそうな白い肩を気にして上着を掛けてやる仕草とか、周りの目を気にしているようでわかっていない明らかなボディータッチとか、まるでよく居る《彼氏》そのものじゃないか。

 普通に女が好きならそう言っといてくれたらいいのに。

 一舞本人に自覚は無いが、みんなその魅力については分かっていたことなんだ。それを一番のイケメンが持って行っちゃうなんて、まるで少女マンガだ。

 どうも納得がいかないのは何故なんだろう。一舞が可愛い後輩だから、心配なのかな俺?




 実は一時期。

 俺も一舞を好きだったことがある。


 中学の頃の一舞は、チビな香澄と差ほど身長が変わらなかったくらい小柄で、ショートの似合う可愛らしい女子だった。

 照から一舞と香澄を紹介された時の、あの髪のインパクトは凄かったな。


(香澄のアメリカンなビジュアルを凌駕してたし)


 蓮は《猿女》とかヒデーこと言ってたけど今じゃベタ惚れだもんな。

 どの口が言ってたんだって感じだろ。




 で、一緒にバンドをやってたら、いつの間にか惚れてて。

 まぁ…涼と付き合うとか決まってからすぐ諦めたけど。


 だってあの頃は、涼と一舞が一番似合ってるような気がしたから。

 単純に俺の気持ちは、そういう軽いものだったのかもしれない。


 一応、それなりに落ち込んだけど、蓮ほどじゃなかった。

 今だって普通に仲良くできてるし、特に引き摺ってる感じも無い。そしてこの事実は誰にも知られていない。



 昔付き合ってた子に言われた事があるんだけど。

 俺は結局、誰にでも優しいから、誰が好きなのかわからない〜とかなんとか…。

 それが原因でどれだけフラれたことか。


 一舞の時も伝わらなくてモヤモヤしたもんだった。おかげでなんだかんだタイミングを逃したから、今度誰かを好きになったら、気持ちは絶対に伝えまくるって決めてたんだ。

 だから、美樹に会ったら必ず。一度は《好きだ》と言うことにしてる。


 別に応えてくれなんて言ってないし、たとえ叶わないと知ってても、伝えなきゃ何も始まらないんだから。



「はいはい《クジ引き》するよーん。集合集合ー」

一舞
「えっ?まって今行く〜」


「えー?早くね!?」


「めんどくせーから早く終わらす!」



 早く美樹に会いたいぜ…。




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