愛憐8




 ポツンと1人。

 呼びつけられたにもかかわらず部屋に取り残されたあたしは、差し出されたこのビニール製の包みは何なんでしょうかと、考えていた。

 見れば見るほど怪しく見える黒いビニール。

 何の説明も無かっただけに、それを開くのはなんだか躊躇われる。

 ドアの向こうから聞こえるリビングの音は、笑い声と幾つもの物音が楽しげに共鳴していて、部屋に押し込まれてしまったあたしは、やっぱりなんとも腑に落ちない。


一舞
「………」

(なんなのいったい?)


 学ちゃんの態度に少しだけイラつきながらビニールの包みを手に取ると、思いのほか軽くて驚く。

 そして手に取ったままどうしたものかと迷っているうちに、ドアの向こうから物音が聞こえなくなった。


一舞
「…?」


 その静けさが不安で、包みを放り投げて部屋を出ると、リビングには誰も居なくなっていた。


(あれ?)


 みんなはどこに行ってしまったのかと階下に降りると、今度は外から笑い声が聞こえてきた。

 バシャバシャと水音も聞こえるあたり、海岸に降りて遊んでいるらしいと気づいた。


(…いいな)


 この暑さだ。海を目の前にして入らないのは勿体ない。

 男の人ばかりだし、水着じゃなくても泳いだりすることは可能だろう。


(あたしも男だったら、一緒に泳げたのにな…)


 窓からは見えなくとも、聞こえてくる声から楽しげな雰囲気は感じとれる。

 ほんの一瞬、女に生まれたことを後悔しかけた。


(だめだめ。男だったら翔の彼女にはなれないでしょ)


 たかだか水に入れないだけでこんな後悔が過るとは驚きだ。そんなことよりも翔との関係の方が断然幸せに違いないのに。

 自分の両頬をパンッと叩き、とりあえず部屋に戻ることにした。




 部屋に戻るとすぐに、手渡された包みを開く決心をした。

 こうなったら迷っているのもばかばかしい。

 あたしはグッと両手に拳をつくると、真っ黒なビニールに手をかけた。










 ガサガサと音を立て、開かれた包みの中から現れたのは


一舞
「!………わぁ…」


 とてもじゃないけど学ちゃんが選んでくれたとは思えない可愛い水着。


一舞
「…これ…………ふ…くくっ」


 ふと脳内に浮かんだ、ショップで水着を選ぶ学ちゃんの姿。

 こみ上げてくる可笑しさを我慢できない。



(…でも)

一舞
「嬉しいよ…学ちゃん」


 ムチャクチャで自分勝手な人みたいに見せかけて、実は考えてくれている。

 そんな優しい叔父さんに感謝しつつ、白地に赤い花がプリントされた可愛い水着を眺める。


一舞
「…てか…サイズとか大丈夫なのかな」


 そこはさすがに心配だ。

 とにかく着てみないことにはわからないし、せっかく用意してくれたのだから甘えよう。

 あたしは早速、着替えてみることにした。




『お〜い!俺ら先にビーチに居るからな〜!』

一舞
「!!」


 Tシャツを脱いだ瞬間…ドアの向こうから学ちゃんの声がした。

 はいはい、ビーチに居ることは分かっていますけども。


一舞
「りょ〜か〜い」


 返した自分の声が若干弾んでいる。

 そこはすこし照れくさいけれど、仕方ない。


 とにかくあたしは、サイズの不安な水着に袖を通した。



……………



………












 ザザー…ン…










   ザザー…ン…









 着替えを終えてビーチに下りる。


 石の階段を一歩一歩踏みしめながら見えてきた海岸には、パラソルやベンチまでセッティングされていて、数分前と同じ場所とは思えないくらい、完璧なリゾートビーチと化していた。

 波打ち際に目を向けると、高校生チームも大人チームも、どっちが子供なんだかわからないくらいのテンションで、泳いだりバレーをしたり…すでにハシャぎまくっている。

 あたしはまず、水着を用意してくれた学ちゃんにお礼を言おうと近づいた。





一舞
「が〜くちゃん!」


「ん?お?…お……」

一舞
「ん?」

(振り向いたと思ったらフリーズしましたね)


一舞
「ちょっと叔父さん」


「ハッ!…つーか叔父さんはやめろ」

一舞
「似合う?」


「似合って当たり前だ。俺が選んだんだからな」

一舞
「もっと言い方があると思う」


「つーかいつの間にかずいぶん育ったんだな、ピッタリじゃねーか。くっくっく」


 自分の体のラインを両手でなぞる様にして感想を述べる姿は、いつものセクハラオヤジのそれだけど、学ちゃんのスタイルの良さを考えると軽く嫌味なんじゃないだろうか。


一舞
「もうすぐ結婚できる年になりますから。育っててくれなきゃ困るもの」


「まだそんなこと考えなくていいんだよ!てか、サイズとかの心配は要らなかったみたいだな。良かった良かった」

一舞
「ありがとう、すごく嬉しい」


「あぁ。お前が楽しめなかったら、帰ってから弥生にタコ殴りにされそうだからな、ふっ…翔にも見せてやれば?」

一舞
「うん」


 浮き輪を膨らますのに忙しそうな学ちゃんに手を振って、翔を探す。


 だけどいったいどこに居るのやら、そんなに広くは無いはずのビーチなのに、全くその姿が確認できない。


一舞
「ん〜……あっ」

(涼ちゃんだ)


 海水が滴る黒髪をかき上げながら、海から上がってきたところに出くわした。


一舞
「ねぇねぇ涼ちゃん。翔、見なかった?」






「へ?…………」

一舞
「……あの」


「…………」

一舞
「…涼ちゃん?」


「……………」

一舞
「…」

(…アナタもフリーズですか)

(水着、似合ってないのかな…)



??
「わぁ〜ぉ!!」

一舞
「!?」


 固まってしまった涼ちゃんの反応に困り果てていると、突然背後から素っ頓狂な声がした。

 振り返るとツインズが立っていて、特に洋ちゃんは目を輝かせてこちらを眺めている。



「一舞〜!超かわうぃ〜じゃ〜ん!!それは涼ちゃん固まっちゃうよ〜あははっ、なぁ蓮くん?」


「……………」


「って、お前もすでに固まってんのかよ!」

一舞
「なんでそうなるかなぁ…」


「そのセクスィ〜な格好じゃ、コイツらとまともな会話は出来なさそうっすよ姉さん」

一舞
「セ…あぁ、そうなんだ?…てか洋ちゃん。翔、知らない?」


「ん?知んないけど?」

一舞
「え〜?どこ行ったんだよもぉ〜」


「はっ!うわっ!なに!?」

 突然視界を塞がれた洋ちゃんが、あたしの目の前で焦ってジタバタしている。

 まぁ急にそんな事をされれば誰でも驚くだろう。



 それはそうと、目の前で洋ちゃんに目隠しをした犯人はというと…




「それ…やべーって」


 色白な頬をちょっとだけ赤くして、あたしを見てる翔だ。


一舞
「似合う?」


「ん……まさかそんな姿を見れるとは思ってなかったから、ビビった」

一舞
「えへへ」


 これは誉めてくれてると受け取っていいのかな?


一舞
「とりあえず…洋ちゃん離してあげない?」


「ん〜……どうしようかな〜」


 たぶん悩んではいないであろう声で考えたフリをしている翔。

 涼ちゃんと蓮ちゃんはまだ固まったままだけど、この2人には目隠しは要らないんでしょうか?



「うおっ!?誰かと思ったら翔さん!?」


 ようやく目隠しを外されて驚く洋ちゃんが面白い。



「行こう」


 そして翔は、まるであたしをみんなの視線から隠すようにして、その場から移動を始めた。

 だけど困ったことに、肩なんか抱かれちゃうと…

 薄い上着越しに伝わる翔の体温に変に緊張しちゃうと言うか、一気に落ち着かない気持ちになってしまう。



(…それにしても)

一舞
「いいな…美白」


「は?…あぁ、まぁ…半分くらい白人の血だからな。でも俺は、どっちかっつーと黒くなりたい」

一舞
「…じゃあ焼く?」


「ん〜……とりあえず泳ぐ」

一舞
「ん。そだね」


 なんだかやっと《夏休み》って感じだ。


(…嬉しいな)



 最後の最後に、こんな嬉しいプレゼントを用意してくれた学ちゃんに感謝しつつ。


 翔と2人、夏の海でハシャぎながら

 幸せな夏休みが過ぎていった…。





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