愛憐7 二代バンド合同合宿も残り僅か1日。明日は帰省日だ。 朝食の用意を終えたあたしは、テラスで1人、早朝の清々しい海辺の空気を感じていた。 今日までの色々なことを思い返してみると、なんだか胸の中がほっこりと温かくなってくる。 (あたし…翔の彼女になっちゃったよ) 翔のあの口元の傷。あれはやっぱり学ちゃんが殴ったものだった。 あたしと付き合うことを報告して、承諾の代わりの一発だったらしい。 そんな翔の気持ちが嬉しくて、学ちゃんに立ち向かう翔の姿を想像すると、胸がキュンキュンと五月蠅くなる。 自分で思っていたよりもずっと乙女な脳内が、なんだか少し恥ずかしい。 にやける顔に手を当てて、1人モジモジしていると… ?? 「…ここに居たのか」 屋内からあたしに呼びかける声がして振り返った。 一舞 「…?……あ…おはよ」 学 「…あぁ」 一舞 「珍しく早起きだね」 学 「…ん…いや」 一舞 「ん?」 学 「…まぁ…寝てるのも勿体無く思えてよ」 一舞 「……」 翔との事があったからなのか、あたしの様子を窺っている様子の、とても遠慮がちな雰囲気の学ちゃんは、あたしが笑いかけると安心したように隣に立った。 一舞 「ゆっくりできるの…今日だけだね」 学 「……そうだなぁ……つーか、海辺に居るのに泳いでねーな」 一舞 「…まぁ…バカンスじゃないからね」 学 「……出来はどうだ?」 一舞 「うん…いつでも演れるよ」 学 「…そうか」 一舞 「学ちゃんの方は?」 学 「…いい感じに仕上がってるよ。おかげさんで」 一舞 「あは…」 学 「…早起きもたまには良いもんだな」 一舞 「気持ちいいよね…朝の空気」 学 「…そうだな」 本当に、海風が気持ちよくて… 泳いだりすることはできなくても、あたしは凄く此処が気に入っていた。 (次に来れたら、今度こそ泳ぎたいなぁ…) 一舞 「………」 学 「………………」 一舞 「………………」 学 「…………泳ぐか」 一舞 「…ん?」 学 「帰る前に、打ち上げも兼ねて泳ごうぜ」 一舞 「…………学ちゃん」 学 「ん?」 一舞 「…あたし水着持ってきてないよ」 学 「………そうなのか」 一舞 「…そうです」 (だって、遊びに来たわけじゃないんだよね?) 徐々に日差しがキツくなってきた午前9時。 今日はオフにしてそれぞれゆっくりしようって、学ちゃんが言ってたから、みんなは朝食を食べ終わった後、ソファーで寛ぎながら、これからの行動を迷っているようだ。 あたしはキッチンで、朝食の後片付けをしているところ。 翔 「俺がやる」 一舞 「あ…うん」 洗い物をしようと手にしたスポンジをあたしから奪うと、翔は隣に立ってニッコリと微笑んだ。 まだ少し照れくさいけど、こうして自然な感じで隣に居てくれるのが嬉しい。 翔 「…意外と時間過ぎるの早かったな」 一舞 「…そうだね」 明日には帰らなきゃならないなんて信じられないくらいに、此処で過ごした夏休みはあっという間だった。 翔 「あまり一緒に居られなかったけど…どうだった?」 そう言ってニッコリ笑いかけてくれる翔。地元に戻ったらまたしばらく会えない日が増えるわけだけど… 一舞 「…もう少し、ここに居たいな」 翔 「…そうだな…俺もそう思ってた」 なんだか終わってしまうのが寂しくて、でも今この瞬間は嬉しくて。 笑いかけると微笑みを返してくれる。そんな翔とのひとときに幸せを感じていた。 その時。 外せない用事を思い出したとか言って、朝食もとらずに出かけていた学ちゃんが帰ってきたようで、リビング内がざわめきだした。 学 「あっちぃ〜」 純 「太陽の下に出るなんか久しぶりやから堪えるやろな、ふはは」 学 「いやマジで干からびる勢いだぞ」 アキラ 「お帰り。暑さで溶けてんじゃねーかと楽しみにしてたんだぞ」 学 「おう、そりゃ残念だったなアキラ。ちょっと頼まれろ」 アキラ 「ん?」 汗だくで帰還した学ちゃんは、会話しながらアキラくんを促して、肩を抱き、外へ連れ出していく。 仲が良いのはいつもの事だけど、なんだか様子がおかしい。 一舞 「……?」 (…2人でコソコソと内緒話ですか?) 連れ立って出ていく後姿を見送りながら首を傾げていると、2人で出て行ったはずの扉から学ちゃんだけが戻ってきて、キッチンに立つあたしに向かってこう言った。 学 「一舞、ちょっと来い」 一舞 「…え…なに?」 学 「いいから。あとは翔に任せて、こっち来い。翔、いいよな?」 翔 「…まぁ…仕方ないっすね」 有無を言わせない学ちゃんの態度に、翔はため息交じりに頷いた。 一舞 「えぇ〜…なんですかぁ」 学 「そんな顔をするな」 そんな顔とはどんな顔なんですか。 幸せな時間を奪われて笑顔で対応出来るほどあたしは良い子じゃありません。 そんな不満を思い切り面に出したまま、キッチンを離れた。 そして、学ちゃんに手招きされて、翔に促されるまま、二階にあがる。 一舞 「…あんまり一緒に居られないのに」 学 「まぁまぁ…ほら、機嫌直せって」 あたしの部屋に入って、いまだ納得がいかずに拗ねていると、学ちゃんが包みを差し出した。 一舞 「…なにコレ」 学 「ふふん…じゃあ、俺は下に居るからな」 一舞 「は?だから何だって…」 パタン… 一舞 「………」 (質問に答えろよ…) 嬉しそうにニコニコしながら、あたしの質問を無視して部屋を出て行ってしまった。 一舞 「…なにアレ」 まったくもって意味がわからない。 呼びつけといてサッサと消えるとか…いったいどういうつもりなんですか。 Novel☆top← 書斎← Home← |