愛憐1



 曲作り合宿も残すところ後少し。

 あたしたちは今、夕食前の時間を有効に使おうと、スタジオでの練習をしているところ。



 ステージに向けての準備は順調に進んでいる。それは凄く良いことなんだけど。

 結局あのキスの謎は解けないままなわけで、個人的にはスッキリしていない状況だ。

 今ハッキリしているのは自分の気持ちだけ。

 あの仲直りの夜以来、翔はまた缶詰め生活になって曲作りに追い込みをかけているため、会っていない。

 こうして会わない時間はたぶん必要なんだろうけど、会えなければ確かめようが無いし、なんだか寂しい。

 合宿が終わればもっと会えなくなる。それもわかっているだけに歯がゆくて…



「…ま………」






 あぁ…会えなくなることを考えると気持ちが落ちてくる。自分で自分に追い討ちをかけてどうするんだあたし。

 会えないのは仕方ない。仕方ないこと。彼の成功を喜ぶべき、わかっているのに…



「…………ずま…」



 それに付き合ってるわけじゃないし、ただ仲直りした、それだけなんだ。




「………ぃ!」



 でも、家政婦はもういいのかな…最初は嫌々だったけど、そのおかげで一緒に居る理由があったのに…



「お…聞…って」

一舞
「………」

(要らなくなったらあたし…どうなるんだろ…)





「おいっ!」


一舞
「ぅわっ!?」



 突然、大きな声と共に涼ちゃんの手があたしの肩を掴んだ。


一舞
「びっ……くりしたぁ〜」


「びっくりしたじゃねーよ!何ボーっとしてんだよっ!」

一舞
「え?」


「何度も呼んでんのにシカトしやがって!」

一舞
「え、そ、あ……ごめん」


「…なに?寝不足?」


「ストレスか?」

一舞
「え?いや、そういうんじゃ…」

(う、ウジウジ系でごめん…)



「…まだ体調が悪いのなら少し、休憩してもいいぞ」

一舞
「あ、だ…いじょうぶ」

(体調は…たぶん平気…)



「はぁ…なんかあるなら話せ。お前いろいろ顔に出過ぎだ」

一舞
「なんでも…ないよ」


「なんでもないならシャキッとできんだろ!いい加減にしろよ!」


「涼…」


 声を荒げる涼ちゃんを蓮ちゃんが制してくれるけど、あたしが悪いのは明白だ。


一舞
「…ごめん」


「いや…俺も悪かった…でもな一舞」



 声のトーンを少し和らげ、涼ちゃんは続ける。




「もうあんまり時間無いんだ。合宿も残り数日だし、地元に帰ればすぐライブだ。翔くん達だって居なくなるんだから、気合い入れてくんねーとさ…」

一舞
「……」

(…わかってるよ涼ちゃん)



 時間が無いってことも、翔たちの後を引き継ぐんだから、半端じゃダメだってことも…。


 だけど…だから余計に…




(…ん…なにコレ、苦し…)


 やっぱりストレスなのかもしれない…?



「えっ!?うわ何で!?」

一舞
「?」



 目の前にいる涼ちゃんが、急に狼狽え始めたので、あたしまで驚いた。



(…何?どうしたんですか?)










「何で泣くんだよ〜!」

一舞
「え?」

(何言ってんの?)



 涼ちゃんだけじゃない。

 蓮ちゃんも、洋ちゃんも照ちゃんも。

 4人とも凄く間抜けな顔になってあたしを見ている。



 なぜ泣くとか、いったい何を言ってるんですか。

 ちょっと息が詰まって苦しいだけで、あたしは泣いてなんていませんよ。



 …そう思いながらもなんとなく、自分の目のあたりに触れてみる。


一舞
「!?」

(うわ!?あたし泣いてる!!)


 みんなの目の前で自覚も無く涙を流すだなんて、これはとにかく超絶恥ずかしい。



一舞
「や、コレ違うし!」


 慌てて否定してみるけど、さっきまで間抜けだったみんなの顔は、あたしを心配する顔になっている。

 手遅れとはこのこと。何故だかもう、泣いていることを受け入れるしか無い状況になっている。




「ごめん…俺、言い過ぎたかな」


 涼ちゃんがとても困っている。そして落ち込んでいる。これは大変だ!


一舞
「違う違う!涼ちゃんは当然の事言っただけじゃん!リーダーだし!!…ね?」



 慌てて涙を拭い、涼ちゃんのフォローをするけれど、その姿はまるで捨てられた子犬。

 耳と尻尾が付いていたら漏れなく垂れ下がっているだろう雰囲気だ。



(あー……どうしよう)




「…まぁ…涼は間違った事は言ってないな」

一舞
「!!」

(そうそう!そうだよ!蓮ちゃんナイスフォロー!)


 あたしは言葉にならないまま大きく頷いて見せる。



「ちょっと待って?涼が泣かしたんじゃないならいったい誰が泣かしたの?」

一舞
「……」

(いやいや洋ちゃん、あたしべつに泣かされたわけじゃないからさ…)



「…涼のせいじゃないなら…やっぱ一舞側に何かあるんじゃね?」

一舞
「!」

(えーっ!?なんでそういう持っていき方すんのよー!)



「俺のせいだとしても、そうじゃないとしても、お前が泣いてるところなんて初めて見たんだからな。何かあるなら話さないと許さねー…」

一舞
「…」

(なんでそういう……)


 《話さないと許さねー》とか、意味がわかりません。


一舞
「…何も無いってば」


「じゃあ何で泣くんだよ」

一舞
「ってか泣いてなんかないし」


「明らかに泣いてたっつーの」


「そんなに人前で泣くのが恥ずかしいのか」

一舞
「……」


 恥ずかしいよ。

 だってこれじゃ、構ってほしくて仕方ないヒトみたいじゃん。



「…恥ずかしいかどうかは、内容による。話してくれなければ分らないだろ」

一舞
「……」


 どうしてこう、うちの男子は、涙に対してこんなにも食いつくのでしょうか。



(もうダメ…苦しすぎてパニクりそう…)


一舞
「ごめん…ちょっと出てくる」


「あ!逃げんなよ!」


 そそくさと地下スタジオを出ようとするあたしの腕を、涼ちゃんが力いっぱい引き戻そうとする。

 その瞬間、信じられないくらい子供じみた態度でその手を振り払おうとする自分が発生した。


一舞
「いーやーだー!!」


「嫌がるな!」



(てかもうホント無理!!)



 あたしはとにかく恥ずかしくて大騒ぎしていた。

 そして大騒ぎしながら、拭ったはずの涙が、ポロポロポロポロと、瞼からこぼれ落ち続けていた。


 意味がわからない。

 あたしは壊れてしまったんだろうか……





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