恋病6



―――――――side 一舞

一舞
「………?」

 気配はまだ夜の雰囲気だけど、何かが触れる感覚がして目が覚めた。


一舞
「…………………!?」


「…悪い…起こしちゃったな」


 ぼんやり目を開けると、さっきまで透瑠くんが居た場所に翔が居て、あたしの手を握っていた。


一舞
「…え……あれ……?」


「…透瑠なら帰ったよ」

一舞
「………」


「………」


 あたしは、何も言えずに翔を見ていた。

 まるで夢でも見てるみたいに頭はボンヤリしているし、あの夜以来、こんな風に翔の顔を見つめることもなかったから…その優しい目が、なんだか懐かしい。



「…ごめんな…あんな事言って」

一舞
「……」


「…一舞の事を、本気であんな風に思ってるわけじゃない」

一舞
「………」


「…単なる八つ当たりだ……ごめん」

一舞
「………」


「…ごめんな」


 真っ直ぐあたしを見ながら、あたしを気遣うような瞳で何度も謝ってくれる。

 あたしは、まだぼんやりと重たい頭をなんとか持ち上げて、ベッドに座る形で翔と向き合った。


一舞
「………あたしこそ…翔が疲れてるのわかってたのに、責めるようなこと言って…ごめんね」


 やっとの思いでそう言うと、翔は首を横に振って静かに話し始めた。



「透瑠が……体弱いのは知ってるだろ?」

一舞
「…え……うん…?」


「………アイツ最近、ずっと体調良くなくてさ…医者に言われたんだ」

一舞
「…?」


「25歳まで生きられるかどうか分からない…って」

一舞
「……」


「……」

一舞
「…え?」


「俺や、純も…学さんや、涼もみんな…なんとなくしんみりしてたのは、透瑠がバンドを抜けたからってだけじゃなくて…その事を知ってるからなんだ」

一舞
「…そんな」


 突然明かされた事実に驚いて、あたしの頭はハッキリと鮮明になる。


一舞
「……25…ってすぐじゃん」


「…そうだよ」


 優しい声であたしの言葉に頷く翔は、少し悲しげ…

 そんな事情を翔は心にしまってたなんて、きっと…苦しかったに決まってる。


(ううん…そんな単純じゃないよね…)



「…一舞は何も知らなかったのに、ごめん」

一舞
「……」


 何度も謝ってくれる翔の言葉に、あたしは何度も首を振る。

 それは、彼からの謝罪を受け入れないって意味じゃなく、謝らないでって意味。


 あたしは今、混乱している。

 翔だけじゃない、みんなも、今も今までも、どんな気持ちでいたんだろう…。

 あたしだけが何も知らずに、透瑠くんの明るさに救われて…


一舞
「……〜っ!!」


「!…ん!?」


 あたしは堪らなくなって、翔を思い切り抱きしめた。

 あの時も今も、翔がどんなに胸を傷めているのかと思うと堪らなかった。




『…そんなことしてたら、デビューする前に死んじゃうよ』





 それは…心配のあまり口走った言葉だったけど、翔を一番傷つけたのはきっとあの言葉なんだと、この時やっと気がついた。


一舞
「…ごめんね、ごめん」


「…一舞」


 翔の首に腕をまわしたまましがみ付いて、声を震わせるあたしの背中を、翔は宥めるように優しく撫でてくれる。

 その大きくて暖かい腕の力に反応するかのように、あたしの胸が熱くなった。


 こんな時どう言っていいのかわからない。それが悔しい。

 頭が整理出来なくて、すごく胸が苦しくなってきて…その息苦しさに比例するように、あたしの腕の力はどんどん増していった。



「…っ…一舞?」

一舞
「!?」


 翔の苦しそうな声にハッとして、急いで体を放した。



「…窒息するかと思った」

一舞
「…ごめん」

(あたしって、どんだけバカ力なんだろう)



「…嘘……すげー嬉しい」


 しょんぼりしているあたしにそう言って、翔は再びあたしの手に触れた。



「…透瑠は、同情されることを望んでない。今まで通り、自然体で接してくれることを望んでる。だから、一舞は、知っててくれるだけでいいんだ」

一舞
「……」

 同情してはダメ?

 今まで通り?

 あたしに、それが出来るだろうか…


 不安で、背中から体温が蒸発していくような悲しい気分になる。


 そんな感覚にクラクラしながら、翔からの優しい視線を受け止めていた。


 ここから自分がどうするのが正解なのか、今が現実なのか曖昧に思えて、呼吸が浅くなり始めた時。

 翔が優しい声で、こう言った。




「…仲直りしようか」

一舞
「………ぇ?」



 あたしが返した消え入りそうな声。目の前で柔らかく微笑む翔に届いたのだろうか…


 …仲直り。

 …うん、仲直りしたいよ。

 でも…




 気持ちを言葉にできずに翔を見つめ返すと、再び彼は、静かに話し始めた。




「…透瑠の事は、一舞が知っていてくれたら、それでいいんだ…ただ、それが苦しいのはみんな同じだから。苦しくて耐えられない時、俺を頼ってくれるためにも……ね?」

一舞
「……」


 甘えるような視線でそう言いながら、髪を撫でてくれた。

 甘えてもいいって、言ってくれてるのかな…。

 初めて見るその雰囲気はとても不思議だったけど、なんだかとても安心できてしまった。



「仲直りしよう」

一舞
「……」


「俺も、一舞が一緒だと思えば、少しは軽くなれるから」

一舞
「…翔も?」


「…このまま、一舞を傷つけたままでいたくない」

一舞
「………」

(あたしもだよ…)





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